うたかた。

小説散文ときどき日記

染まる珊瑚

 「おっさん」は、その名の通り僕の親戚のおじさんだ。辺境の島で染物職人をして生活している。
 僕は夏休みになるとおっさんのところへ遊びに行くのが楽しみだった。お正月のおじいちゃんおばあちゃんの家よりずっとだ。おっさんとこの島が好きだ。

 

 島に来た最初はおっさんの仕事を手伝う。真っ白い布が、おっさんの作る魔法の水でいろんな色へと変わっていく。元の水の色と染まった布の色が違ったりして、本当に魔法みたいだ。
 時には島の中を散策して、珍しい草花や生き物達を見つけては写真を撮る。大きな木や蔓は僕にとって恰好の遊具だ。そして山菜や木の実を採って帰って、おっさんに調理してもらう。
 また時には海で泳いで遊んだり、おっさん所有のボロい船に乗って、あちこちを探検する。エメラルドグリーンの海が綺麗な洞窟のトンネル、色とりどりの魚達がたくさん集まるスポット。美味しい貝が獲れる岩場。

 

 そんなたくさんの色彩で溢れた島なのに、一箇所だけ僕は少しだけ怖い場所がある。おっさんの船で少し遠くへ行った先の、死んでしまった珊瑚礁だ。

 

「この珊瑚は死んでるから真っ白なんだよ」

 はじめて珊瑚を見たときに、ここの珊瑚は真っ白で綺麗だねと言った僕におじさんは苦笑いで教えてくれた。

「珊瑚には褐虫藻っていう仲間が必要なんだ。そいつがいるから珊瑚はいろんな色をしていられるし、生きていられる。だけど海水が熱くなってそいつが逃げ出してしまったんだ。珊瑚はひとりでは生き続けられない。皮肉なことに珊瑚が死んでしまうと他の魚もいなくなってしまう。」

 珊瑚を眺めるおっさんの表情は少し寂しそうだった。ここは珊瑚の墓場なんだ。そう思って見てみると、真っ白い珊瑚は綺麗なのに、まるで人の骨が折り重なっているように見えてきてしまった。

「ねぇ、おっさんの染物で珊瑚に色をつけてあげれないのかな?」

 ふと、染まる前の真っ白な布を思い出した。珊瑚も好きな色に染められたら楽しいのに。いい考えだと思ったのに、おっさんには爆笑されてしまった。

「逆ならできるぞ。死んだ珊瑚を使って布に珊瑚の模様をつけるんだ」
「そっか、もう死んじゃってるから色を付けてもしょうがないよね。死んだ珊瑚を着物や風呂敷に生まれ変わらせてあげるんだね!」

 早速やろうよおっさん!と僕はわくわくしていたけど大人の事情でそれはできないのだそうだ。残念。どうしたらできるのか聞いたら那覇市まで行けばできるというので、今度連れて行ってくれるようにお父さんにお願いしよう。そしておっさんが作る染物みたいな、鮮やかな珊瑚を作りたい。

 

「そうそう、今日の晩飯は”オジサン”だぞ」

「ええええ!?」

「オジサンっていう魚がいるんだよ」

「嘘だぁ」

「帰ったらお父さんやお母さんに聞いてみな」

「おっさん食べたら共食いだね!」

 

 

 

 

 

(妖怪三題噺様より「珊瑚礁」「染物」「おっさん」https://twitter.com/3dai_yokai

親バカ

 恋人の由美さんには、茉莉ちゃんという小学生のかわいい女の子の子供がいる。
 仕事の都合で遅れてしまうので、茉莉ちゃんの学芸会に先に行ってビデオを撮っておいてほしいという。俺は彼女の父親ではないのだが、いいのだろうか。まだ由美さんとも籍を入れていないのにそういう場に出向いていいのだろうか。躊躇ったが、由美さんの願いならば喜んで聴きたいと思う。数日前からいつも以上に仕事に打ち込んで時間を作った。融通がきくのがライターの仕事のいいところだと思う。

 

 当日、気合を入れてスーツを着てから、流石に力が入りすぎだなとジャケットをやめてネクタイを抜いた。小学校にたどり着くまでは緊張で固まっていたのだが、連日の仕事で若干睡眠不足で、保護者席に無事辿り着いて船を漕いでしまった。肩を叩かれてふと我に返ると、そこには笑顔の由美さんがいた。

「間に合った!」

 息を切らし、汗だくの彼女に苦笑しつつ、空けておいた隣の席が無駄にならなくてよかったと安堵する。本当に急いで来たのだろう、ボタンの止まっていないコートの下は白衣とカーディガンのままだった。由美さんは看護師だ。以前勤務が朝昼夜とバラバラで大変だねと言ったら作家も似たようなものだと笑われてしまった。席についた由美さんに急かされて、俺は慌ててビデオカメラの準備をする。

 

 始まった劇は有名な話を組み合わせた風になっていて、けれど台詞なども凝っていてなかなかに面白かった。脚本を書いた教師はもともと物語を書くのが趣味らしい。
 魔女の手により氷に閉ざされた世界を元に戻すため、魔女を倒すために、勇者が伝説の剣をさがして旅に出る。仲間と共に旅を続け、東の国にたどり着き、ようやく代々剣を守っている巫女に出会う。その巫女を、茉莉ちゃんが演じていた。

「剣は魔女の魔法の氷で封印されてしまいました。魔法に打ち勝ち、この剣を抜くことができれば、きっと魔女を倒すことができるでしょう。」

 屈強な男たちがこぞって剣を抜こうと試みるが、剣は氷からぴくりとも動かない。なるほど、男の子も女の子も活躍させるためにあえてそれぞれ男の子と女の子が主人公の物語が組み合わせてあるのか、と納得する。あの氷の剣は岩には刺さっていないがエクスカリバーだ。魔女はこの国の女王だ。その女王を倒すとはつまり次の王になるということだ。

 ついに勇者が剣に手をかけたが、剣は動かなかった。哀しみにくれた巫女の涙が氷の魔力を弱め、それに気付いた勇者が剣を引き抜いた。いい役柄でいい演技だ。と感心する。もちろん他の役も他の子も十分魅力的なのだが、贔屓目だろう、茉莉ちゃんがいちばん可愛く見える。

 旅に巫女も加わって、ついに勇者ご一行は氷の城へたどり着く。女王の胸に刺した剣は彼女の心に張り付いた氷の魔法を溶かし、元のやさしくあたたかい女王へと戻った。勇者は女王と結婚して王になった。あれ、巫女は?と思った俺はやっぱり親バカだろうか。いや、すでに親バカを名乗るのは気が早かっただろうか。

 

 最後のカーテンコールでようやく俺と由美さんに気付いた茉莉ちゃんが、満面の笑みで大きく手を振ってくれたのがやっぱりかわいかった。

 

 

 

 

 

(妖怪三題噺様より「氷」「巫女」「エクスカリバーhttps://twitter.com/3dai_yokai

 

 

乾杯

 あとでうまいものを食わせてやるから、パーティーに一緒に行かないかと誘われたのがはじまりだった。暗号化された招待状は、友人の大輔がオークションで競り落としたものだ。どういう経緯なのかは俺もよくは知らない。面白そうだからという理由で、怪しい物に気軽に金を積むこいつの相変わらずの変人っぷりに呆れる。
 たしかに、大輔は昔からそういうやつだった。学生時代はなんとかっていうオカルトに凝っていて当時も資料だなんだって本を買い漁っていた気がする。金持ちの道楽は理解に苦しむ。が、俺の知らない世界というのもほんの少し興味があった。この友人がいなければ一生知らない世界だろう。

「どうやら二人一組が規定のようでね。それで君を呼んだんだ」
「……こういうのは女を誘うものじゃないのか?」
「僕に女の友達や知り合いがいると思うか?」
「俺が悪かった」

 大輔には女がいないどころか友達も少ない。だから腐れ縁の俺が呼ばれたのだろう。俺は大西、大輔は大崎、学生時代名前順でこいつの後ろの席になったのが運の尽きだ。結局高校3年間こいつに散々振り回される学生生活だった。そしてそれは卒業した今も続いている。

「場所と日時。あとは何が書いてあると思う?」
「俺が招待状をもらうどころか見たことがあるように見えるか?」
「これは失礼」

 その口元に浮かんだ笑みがなんとも嫌味ったらしい。大輔は金持ちのボンボンだから、パーティーの招待状だなんて、煌びやかな世界だなんてよく見知っているだろうよ。だからお前には友達がいないんだという暴言は飲み込んでおく。ちなみに俺の今着ているスーツももちろん大輔が家の者に用意させたものだ。

「……持ち物だとか、ドレスコードとか」
「ご名答。黒スーツ、黒マスクとある」
「マスク?」
「仮装パーティーのようなものだろう」

 さぁ好きなのを選びたまえと相変わらずの嫌味な笑顔で大輔が取り出したのは大仏、目出し帽、ダースベイダーだった。これは俺に対する嫌がらせか。どうせならベイダーよりバッドマンがよかったが、仕方ないので消去法だ。そのベイダーを取った。他より顔が見づらくてマシだ。いや、外から見て一番分かりづらいのは大仏だろうがそれだけは勘弁願いたい。目出し帽は通報されそうな気がする。

「……なんでお前のマスクはかっこいいんだよ」

 受け取ったマスクを被って振り向けば、大輔もいつの間にか装着済みだった。こいつ、黒い骸骨なんて隠し持っていやがった。

「細かいことは気にするな。行くぞ」

 残りのマスクをカバンに詰め込み、大輔は意味不明な記号や数字が羅列された招待状と、そこから導き出された地図を取り出した。地図によれば目的地はもう目の前だ。だが目の前にそれらしき建物はあっても入り口が見当たらない。

「どっから入るんだ?」
「おそらく地下だろう」

 その無駄にでかい建物を迂回すると、たしかに地下へ続く階段があった。やたらとくねるそれを一段一段降りるたびに緊張で心臓が激しく揺れている気がする。両開きの扉の前にはカラスとフクロウのマスクを被った二人が両脇に立って待ち構えていた。何人かが同じように黒マスクで中へと入っていく。黒い仮面が多い気がする。こんなふざけたマスクは俺たちだけじゃないか。怒られるんじゃないか。躊躇う俺とは裏腹に大輔はそのカラスのマスクに向かってずんずん進んで行く。慌てて追いかける足が震えた。

「招待状を拝見します」

 やっぱり引き止められたじゃないか!なのにどうしてこいつは落ち着き払っているどころか嬉しそうなのか。大輔が差し出した招待状を確認し、俺と大輔を上から下までじろじろと眺めたカラス頭はふぅ、と一つ息をついた。ダメか。門前払いか。

「どうぞ、足元にお気をつけください」
「ご苦労」

 何がご苦労、だ。お前は一体何様気分なんだ。諦めたように扉を開けてくれるカラス頭とフクロウを、大輔は堂々と通り過ぎて行くので慌てて俺も続いた。扉の向こうは少し進むとさらに扉になっていて、大輔はその扉を躊躇いもなく開けた。軽快な音楽と甲高い笑い声が耳に飛び込んでくる。

「ほぉ、」
「すごい人だな」

 薄暗い広い会場には黒い人がひしめいていた。うさぎのマスクを被ったバニーガールがその人集りにグラスを運んでいる。カクテルだろうか、色とりどりの液体の入ったグラスを片手に、様々な黒い仮面を被った人たちが談笑している。グラスというよりも、ガラスのコップと呼んだ方がいいだろうか。結構な大きさがある。

「いらっしゃいませ」
「うお!」

 突然、背後から声をかけられて飛び上がってしまった。そんな俺が面白かったのだろう、肩を震わせる大輔の脇腹に拳をめり込ませながら振り返ると、黒猫の仮面の女の人が立っていた。会場にたくさんいるバニーガールと似たセクシーな衣装に、さらにひとりだけ燕尾服を纏っている。丁寧にお辞儀をする彼女につられてこちらも礼を返す。

「お飲み物は決まりましたか?」
「いいや」
「どうぞ、七色からお選びください」

 そういってやってきた別のバニーガールに差し出された銀盆にはそれぞれの色の液体が入ったコップが並んでいる。赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。選べと言われても。

「どれが何味ですか?」

 そう尋ねた途端、近くの何人かから笑い声が上がる。小さく漏れたものから大きく響くものまで、わけがわからないが大勢に笑われているというこの状況に一気に顔が熱くなった。

「メインゲームですので、それはお答えできません。どうぞ、飲んでからのお楽しみにしてくださいな」

 なるほど、どうやら中身を当てるゲームらしい。それをきいてすかさず大輔がひとつ、藍色のグラスを取った。俺も恐る恐る端っこの紫に手を伸ばす。

「間もなく合図がありますので、お待ちください」

 ネコの女の人が赤いコップを手に取り、それぞれの手にしたそれと乾杯をした。

『皆様お待たせいたしました!七色からひとつお選び頂けましたでしょうか!』

 ふと会場に設置されたスピーカーから、陽気な男の声が響き渡る。これが合図だろうか。

『準備はよろしいですかー!』

 会場のあちこちから歓声が上がる。

『当たれば天国外れれば地獄!それ以外には更なるチャンスを!』

 はじまったわけのわからないゲームに、正直あまり乗り気ではなかった。だがもう会場に入ってしまい、選んでしまったのは仕方ない。

『3、2、1!乾杯!』
「乾杯!」

 会場中の人たちが、乾杯の合図に合わせてコップを一気に飲み干していく。喧騒が一気に静寂に包まれる。それぞれがごくごくと中身を飲み下す音だけが響く。俺はそれを口に含もうとして、マスクが邪魔をしていることに気づいた。口元だけ外して飲むべきか。

「ううっ…!」

 悩んでいる少しの間、その静けさを破ったのは誰かのうめき声だった。いや、一人だけじゃない。ガシャンパリンと何人かがコップを取り落とす音が続いて、俺は竦み上がった。辺りを見回すと何人かが喉元や胸元を抑え込んでいる。どさりと倒れこむ音がして、振り返れば一番近くにいたカップルの男だった。

「ゆうちゃん!?」
「くっくっくっく……」
「あはははははははははははは!!!」

 突然狂ったように笑い出す声がする。その異常な声に俺は思わず出そうになった悲鳴を押し殺した。俺が殺さずとも会場中に笑い声だの悲鳴だの苦しむ声だの溢れ出して、会場は騒然としていた。
 一体何なんだこの飲み物は。酒じゃないのか。そばに倒れているゆうちゃんは泡を吹いて完全に気を失っている。……まさか毒や変な薬も混じっているのか。そうだ自分には連れがいなかったかと振り返って、俺は絶望した。

 狂ったように笑う一人の中に、黒い骸骨の姿があった。激しい笑い声に合間に「なんだこれ」「止まらねぇ」と呟くそれは、完全に自分で自分の笑いを制御できていないようだった。笑っているのに、それはどんどんひぃひぃと苦悶の呼吸へとなっていく。
 目の前で繰り広げられる異常な狂宴に、手どころか全身が震えて、俺は紫の液体を飲み干す前にグラスを落としてしまった。

 

 

 

 

 

(妖怪三題噺様より「地図」「コップ」「マスク」https://twitter.com/3dai_yokai

友達が死んだ。

 友達の祐一が死んだ。交通事故死だった。
 中学からの古い仲であり、当時仲の良かったメンバー数人と一緒に葬式に参加することになった。のはいいのだが、俺は少しげんなりしていた。式場に入って早々いやな気分に見舞われる。肩が重いし頭痛が酷いし吐き気はするし耳鳴りは煩い。祐一じゃなくて別のやつだ。視線は感じるが絶対に振り向いてやるものか。勿論どこかに祐一もいるだろう。祐一とは会って話したい。そのために来た。

「ねぇ大丈夫?」
「帰りたい」

 気にかけてくれる紗夜にうっかり本音が溢れた。彼女の声は、耳の閉塞感が常にあるにも関わらず澄んで聞こえる。

  おーい琉偉こっちこっち!

 完全に聞こえた。祐一の声だ。恐る恐る視線を上げればすでに厳かにはじまっている式の中、自分の棺の上で胡座を組んで座っている奴がいた。何やら元気そうで安心した。よく直後だと落ち込んでいたり混乱しているから尚更だ。ほっとしたものの、遺族や彼を悼む者が涙を流しながらそこにいるのでここで笑顔で彼と話をするわけにはいかない。

  話がわかるやつがきた!俺の声聞こえるんだろ?

 俺は祐一と視線を合わせて、こっそり小さく首肯した。続いて遺族に向かって丁寧に礼をして、焼香の列に並ぶ。

  なぁ琉偉なら知ってるか?死んだら食いもんってどうなるの?俺先輩の奢りで焼肉食いに行く途中でさぁ……すっげぇ焼肉が心残り

 俺は死んだことないのでわかりません、というつもりで小さく俯いたまま誰にもわからないよう首を振る。

  無理なのかわからないのかどっち?あああ喋ってたら食いたくなってきた焼肉!焼肉!!ねぇ坊さんのおっさん!俺焼肉食える!?焼肉!焼肉!!

 わかった、お前の母親に仏壇に供えるように言うから読経している坊さんに向かって焼肉を大声で連呼しないでくれ。

  このおっさん全然俺の声聞いてくれねぇんだよ。……おっさん頭てっかてかだなぁ木魚にそっくり……叩いたら木魚みたいな音出んのかな……あ、鼻毛出てる。しかも鼻くそついてる。

 思わず吹き出しそうになって慌てて口元を押さえた。絶対こいつわざとやってる。そして読経の声が一切淀みない坊さんを尊敬する。本当に聞こえてないのか。聞こえてないだろうな。俺ならこめかみの血管ぴくぴくする自信がある。

「琉偉、大丈夫?」

 隣の紗夜が気遣ってくれるのを手で制した。違うから大丈夫。気分はもう悪くない。ただ笑いを堪えてるだけだ。言いたい。言えない。言ったら最後笑う。

  あっ紗夜ちゃんだ紗夜ちゃーん!琉偉なんかほっといて俺と楽しいことして遊ぼうぜ!

 一体どうやって遊ぶんだよ。何して遊ぶんだよ。なんだよ楽しいことって。睨みつけたら嬉しそうににやにやしはじめた。やっぱりこいつ、わかってて坊さんじゃなくて俺で遊んでるな。……まぁ、おかげで笑いの波は治まった。

「どうしたの琉偉」
「大丈夫」

 このカオスな状況でどんな表情をすればいいのかわからなくて、とりあえず真顔で紗夜の肩をぽんぽん叩いておいた。

  俺の式でいちゃつくなよー

「うるせぇ」
「琉偉?祐一いるの?」
「うんいる。うるせぇ」

  お前は相変わらず紗夜ちゃんのことになると人格変わるよなぁ。俺もそんな彼女ほしかったよ。……まぁ!天国で作る予定だけどな!

 ようやく焼香の順番が回ってきて、正面から祐一を見た。お前ならすぐできるだろ、と微笑みつつ焼香をする。両手を合わせると明るい声音でさんきゅーと笑う声がした。

  でも俺には線香の煙が焼肉の煙にしか見えねぇ。焼肉……どうしよう俺焼肉が未練で成仏できなかったら。

 幽霊って生きてる人間の方から触れたりできないのだろうか。できることなら一発こいつを殴りたいと思った。

 

 

 

 

(妖怪三題噺様より「友達」「肉」「式場」https://twitter.com/3dai_yokai

深淵の人魚

 学校のプールには人魚が住んでいる。けれど人魚は誰にでも見えるわけではないらしい。人魚に出会うためにはいくつかの条件が必要で、プールに来る時に決まった道順を辿らないといけない。それでもいる時と、いない時がある。
 人魚がいる時は、プールの水が淡く青緑色に光っているように見える。冬でも人魚がいる時はその水がいっぱいに満ちていて、プールのカルキ臭さではなく、潮の匂いがする。

 

「こんにちは人魚さん」
「あら、こんにちは拓弥くん」

 

 また出会えたのが嬉しくて、僕はプールのふちへと駆け寄った。人魚さんは楽しそうに踊るように優雅に泳いでいる。人魚さんが体をくねらせて泳ぐたびに、体の鱗が光る水面に反射してきらきらと七色に光る。とっても綺麗だ。校長先生自慢の50メートルプールだって、人魚さんはあっという間に端から端へ辿り着いてしまう。

 

「ねぇ人魚さん」

 

 僕は人魚さんとお話しをするのが大好きだった。

 

「人魚さんとイルカはどっちが早く泳げるの?」
「そうねぇ…友人のフレディと競争した時は私が勝ったわ!」
「そういえば、人魚さんの名前は?」
「特にないの。拓弥くんの好きに呼んで」
「ええ、困るよ」

 

 人魚さんは本当に綺麗な女の人で、長い魚の下半身を持ってる。髪がその魚の尻尾よりもうんと長くて、綺麗な蜂蜜色をしている。瞳はエメラルドグリーンだ。

 

「人魚さんはどうしてここにいるの?」
「水は全部私のお庭だから。水さえあればどこにでも繋がっていられるの」

 

 なんでも答えてくれるのが嬉しくて、僕はいつもたくさん思いつく限りの質問をしてしまう。よくわからない答えが返ってきても、人魚さんとおしゃべりできるのが嬉しかった。

 

「人魚さんの鱗は、恋の薬になるって本当?」
「あら、なあにそれ」
「クラスメイトのりかちゃんが教えてくれたんだ。人魚の鱗を粉末にして飲めば、恋が叶うんだって」
「ふふふ、そしたら人魚姫は鱗を王子様に飲ませてしまえばよかったのにねぇ」
「でも人魚姫は人間になってしまったんだから、もう鱗がなかったんだよ」
「拓弥くんは頭がいいのね」
「そ、そんなことないよ!」

 

 


 次の日の学校で、僕は我慢できずりかちゃんに人魚の鱗が薬にはならないことを言ってしまった。りかちゃんとその友達の女の子数人に証拠はあるのかと問い詰められて、僕は言葉に詰まってしまう。確かめたわけでもないし、恋の薬になるという証拠も、ならないという証拠もなかった。

 

「ねぇ、根拠は何?その証拠は?」

 

 ……人魚さんに証言してもらおうか。
 ふと思い立ったそれに僕は頭を横に振った。僕は人魚さんの存在を僕だけの秘密にしておきたかった。人魚さんを一人占めしたかった。他に友達ができてしまったら、人魚さんは僕とはもう遊んでくれなくなるかもしれない。

 

「口から出任せばっかり。うそつき」

 

 女の子たちに囲まれて教室の隅に追いやられ、他のクラスの子達が少し離れたところで注目している。僕はこの状況に耐えきれずに、ついてきてと言って校庭へ向かった。正確には、その先のプールへ。

 

「学校のプールに人魚がいるんだ」

 

 僕を先頭にして、りかちゃんとその友達、さらにその後におもしろそうだと集まった野次馬数人がついてくる。りかちゃんが僕をずっとうそつきうそつきと呼んでいて、僕はだんだん腹が立ってくる。いつものように校庭の隅の倉庫とフェンスの間を進んで、鉄棒をなみ縫いのようにじぐざぐに進む。ぶらさがった遊具のタイヤを8の字に潜って、ようやくプールへと向かった。僕の奇妙な行動に後ろの人たちがうるさかったけど、気にしない。

 そこに人魚さんはいなかった。

 

「…なにもいないじゃない」
「今日はいないけど、いる時もあるんだ!」
「やっぱり拓弥くんはうそつきね」
「こんなこったろうと思ったよ」
「さっきの変な行動といい、拓弥、頭おかしいんじゃねぇの」

 

 集まったみんなが口々に僕を罵る。僕は何も言えなくてしまって、ただ深く俯くだけだった。どうして今日に限って出てきてくれないんだよ。頼むよ人魚さん。予鈴がなって、ぞろぞろとみんなが教室に戻っていくけれど、僕はなんだか足に根が張ったように動くことができなかった。

 

「どうして泣いているの?」

 

 ぽつりとプールの床に涙がひとつ落ちた瞬間、その声は聞こえた。振り返ると、プールの縁にかけた両腕に顎を乗せて、人魚さんが僕を見上げていた。

 

「人魚さん、皆が人魚なんていないって言うんだ」
「私はいるわ」
「りかちゃんの方が大うそつきなのに、僕の方をうそつき、ほらふきって言うんだ」
「みんな、私のことが見えないからよ。見えないものは信じないの」
「人魚さんは僕にしか見えないの?」
「君以外に見える人もいるわ。でもとっても少ないの。拓弥くんみたいな見える人はとっても貴重なのよ。」

 

 おいでおいでと手招きをする人魚さんに誘われて、僕はそっと人魚さんの前に膝をつく。伸びてきた手が、僕の濡れた頬を撫でた。冷たい水の感触がする。

 

「あなたは選ばれた特別な存在なのよ。でもあなたがつらいなら、私の存在は二人の秘密にしましょうね」
「……僕、もう教室に戻らなきゃ」
「明日も来てくれる?」
「うん、」
「じゃあ、また明日ね」
「うん、また明日」

 

 

 

 

 

(妖怪三題噺様より「鱗」「タイヤ」「プール」https://twitter.com/3dai_yokai

酒は飲んでも呑まれるな


「え、相良くんAB型なの?」

 

 大好きな先輩の送別会で、話題は血液型の話になっていた。A型やO型ならまだしも、B型やAB型はこの話題は肩身が狭い。

 

「二重人格なんだ?」
「そんなことないですよ」

 

 そもそも、4種類しかない血液型に対して性格を割り振るというのはどうなのだろう。大雑把でだらしないA型だって、几帳面で真面目なO型だっているだろう。

 

「なんでも器用にこなす理想主義者だって」

 

 事務の木下さんが携帯で血液型占いを検索しはじめたが、俺は去っていく先輩が明日からいないと思うと辛くて、そんな話に入り込めそうになかった。何杯目かわからないビールを飲み干し、先輩と同じ日本酒に切り替えた。

 

 ……のが、いけなかった。記憶がない。今の光景に至るまでの自分を心底呪った。

 

 

 

 俺の部屋のベッドで、知らない女の人と裸で寝ていた。どうやら朝のようだ。 鈍い頭痛と重い倦怠感。うっすらとカーテンを透かして光が入ってくる。ぐっすりと眠っている女性の顔を、おそるおそる見てみる。どこかで見たことがあるような気もするが、とても綺麗な人だった。俺のベッドの青いカバーに映える白い肌。うねる黒髪。なんで何も覚えてないんだ、俺。もう日本酒は飲まない。

 

「おはよう」
「お、……っ!?」

 

 突然、まじまじと眺めてしまっていたその瞼が開いて、にっこりといたずらっぽい笑顔になった。狸寝入りだったのか。目を開けている方が美人だ、綺麗なアーモンド型の目は深い色をしている。昨晩の自分をぶん殴りたい。もう酒は飲まない。…いや、飲んでいなければこんな状況になっていなかったのか。

 

「ごめんなさい!!」

 

 我慢できなくなって、俺はがばりと起き上がって、そしてそのまま彼女に向かって土下座した。俺が跳ね起きたせいで一瞬チラ見してしまった彼女の肌を記憶から抹消する。いや無理だ。なんでこんな美人が俺のベッドで寝てるんだ。

 

 慌ただしい俺の心臓とは打って変わって、うーんとゆったり伸びをする気配がした。少ししてなにが?というやわらかな声が降ってくる。

 

「昨日私にここまで送らせたこと?介抱させたこと?突然押し倒してきたと思ったらそのまま寝ちゃったこと?」
「っ…………その、全ての記憶がないことです……」

 さっきからずっと言っているがなんつーことをしでかしてくれたんだ昨日の俺。うらやま……違う!反省をしろ!反省を!

「そっか、忘れられちゃったのか」

 

 気を害した風でもなく、女の人は朗らかに声を立てて笑っている。なんとなくその声に聞き覚えがある気がする。2次会のバーだ。少しだけ思い出してきた。

 

「重ね重ね申し訳ありませんでした!」
「いいよいいよ、昨日は楽しかったし。全部覚えてないの?バーで会ったのも?」
「…うっすらとしか」

 

 女の人は月華と名乗った。あのバーの系列店で働いているらしい。覆面調査をしていたところ、カウンターの隣の席に座った俺が気になったらしい。

 

「他の人は楽しそうなのに、一人だけ端で死んだ目で黙々と飲んでたから。仲間が帰っちゃってもまだ一人で飲んでるし」
「ごめんなさい」

 

 そのままぼすりとシーツに頭を落とした。埋まりたい。そんな俺の気分にお構いなしに、するすると絹ずれの音がする。服を着ているようだ。余計に顔を上げられない。

 

「ねぇ相良くん」
「はい」

 

 どうやら俺は酔っ払いながらもきちんと名前は名乗っていたらしい。彼女の声で紡がれる俺の名前はなんだかとてもくすぐったかった。

 

「お腹空いてない?焼きたてのパンが恋しいな」
「……俺、車出します」
「本当?じゃあ喫茶店にしようか。ああ、先に服着てね」
「!!すみません…!!」

 

 自分も脱いでいたことを失念していた。パンツを履いていたのが救いだった。ふいに浮かんだ一体どこまでという疑問は押し殺す。訊けるわけがない。慌てて取り上げた服が酷い有様になっている。昨日着ていた服だ。盛大に吐いたらしい。もしかしたら、介抱してくれた時に彼女が脱がせてくれたのかもしれない。いたたまれない。誰か俺を殺してくれ。むしろ昨日の俺爆発しろ。

 

「君は謝ってばっかりだねぇ」
「本当に色々とありがとうございました」
「どういたしまして」

 

 昨日以上に憂鬱な気分と妙な緊張を覚えながら服を着替え、彼女と共に愛車に乗り込んだ。こんな美人に助手席に座ってもらえるだなんて、俺の車もさぞ光栄だろう。最後に女の子を助手席に乗せたのはいつだったか。数年前に別れたその子か。いや、母親かもしれない。

 

「せっかく車ならちょっと先にあるお店がいいかな。モーニングサービスが豪華でおいしいよ」

 

 いつも車につなげている音楽プレイヤーを部屋に忘れてしまい、CDも入っていないことに気づいた。仕方なくつけたラジオのDJの声が清々しくて、朝のさわやかな気配が漂ってきていた。

 

 

 

(妖怪三題噺様より「ラジオ」「日本酒」「AB型」https://twitter.com/3dai_yokai

白に染まる世界

 猛吹雪の中出勤して、その影響による激務で疲れ果てた翌日の日曜日。明け方まで夜更かししていた私は昼過ぎにようやく目覚めた。窓から外を眺めて、広がる白銀の景色に前日とは打って変わってテンションが上がる。十年ぶりぐらいだろうか、この地域では珍しい何十センチという積雪だった。休みの日の雪は嬉しい。子供の頃に戻って遊びに出たくなる。流石にいい大人が一人で雪遊びは侘しいのでミラーレスカメラを片手に散歩に出ることにした。

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 雪だけじゃなくて空までも仄白くて、白が全てを覆い尽くしている。いつもの町の景色なのに、違う世界にトリップしてしまった気分だった。

 

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 住宅地を通り過ぎ、長い長い山道とも言える坂道を下る。誰とも、車ともすれ違わない。車の轍は残っているけれどそこにも雪が積もっていて、いつも散歩している何組もの老夫婦の姿も、道端で談笑している人も、畑で作業する人も雪かきをしている人の姿すらない。
 長い山道を下りきった先はいつもは車の交通量が多いのに、そこにも一台も車が走っていない。

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 何軒か家の庭や軒先に雪だるまが作られていた。けれどやっぱり子供の姿も声もない。あれほどまでに大きいのは、きっと大人も混ざって家族で作ったのだろう。きっと私のように、大人も日常になんらかの影響がなければ、あるいはそれを楽しむ余裕さえあれば、非日常の出来事は楽しいのだろう。

 そういえば、雀やカラス、その他名前の知らないたくさんの種類の鳥がいない。鳴き声もしない。こんな田舎なのに、動物などの生き物の気配もなかった。雪が音を吸収してしまうのだろう、風の音すらなくて、私が雪を踏みしめて歩く音だけがする。世界に私以外誰もいなくなったようだ。轍や雪だるま、ついさっきまで人のいた痕跡はあるのに、人がいない。突然みんなどこか遠いところに行ってしまって、世界にたった一人だけ取り残された不思議な気分だった。

 

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 せかいにたったひとりということは、この素晴らしい景色を、世界を、私一人だけのものだということだ。世界を独り占めだなんて素敵だ。そう噛み締めながら、いくつかシャッターを切った。雲が薄くなってきて切れて青空があちこち覗きはじめていた。

 

 喉が渇いたのと小腹が空いたのと手が冷たいので、コンビニへと向かう。田舎なので、前は家から40分歩かないとコンビニがなかった。最近徒歩15分のところにできたセブンイレブンは本当にありがたい。
 ふと、じゃらじゃらと音を立てて、タイヤに鎖を巻いた佐川急便のトラックがやってくる。今にも止まりそうなほどゆっくりとした走行で、ふとネットで出回っていた被災地を走るトラックの写真を思い出した。
 コンビニから出てきたおじさんとすれ違い、ひとりの世界が終わってしまった。ほんの少しだけ残念な気分と安堵感。いつもの何故かレジに入ってくれない店員のおばさんさんもいる。いつも混んでるコンビニなのにお客さんがいない。店員さんは商品を選んでいるとやっぱりいなくなってしまって、カウンターに飲み物とパンを置いてぼんやり待つ。別の所からバイトらしきお姉さんがやってきて会計をしてくれた。

 

 コンビニから出ると、小さい子供二人と手をつないで歩くお母さんがいた。男の子がお母さんの手を離してはしゃぎ回り、女の子がお母さん手を引っ張りながらそれに続く。男の子が長靴が脱げてしまっても尚走り回るので、靴下が雪でべちゃべちゃになり、お母さんが悲鳴とともに男の子を叱る。確かにしもやけになったら大変だ。こっそり写真を撮りたいなぁなんて思いながら、もちろんレンズキャップはそのままに私はいつもの散歩コースとは逆の道へと行ってみることにした。

 

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  雪は、降ってる最中の方があたたかい気がする。

 

 ふとその声が蘇って、そこではじめて、私にとって雪といえば札幌の景色だったと思い出した。私にそう言ったのは当時付き合っていた北海道に住んでいる人だった。当時学生だったその人と、もう働いていた私。必然的に私が札幌まで会いに行っていた。2ヶ月に1回、あるいは月1で飛行機で会いに行っていたエピソードは未だに職場の人たちの間で語り草になっている。(でもそろそろ何度も噂されるのは恥ずかしいので過ぎたことはそっとしておいていただきたい)
 確かに、それだけ好きだった。それまでたくさん傷ついて恋愛感情に疲れ切って人間不信だ男嫌いだ言っていたはずの私が、あれほどまでになりふりかまわず激しく情熱的に深く深く人をすきになれるだなんてきっともう永遠にない気すらする。そして若いからこそできたことだったと思う。

 

 札幌の思い出は、一人で過ごした記憶の方がずっと多い。その人の家は外泊禁止だったので、いつも終電で解散してひとりで駅近くのホテルに泊まった。待ち合わせも解散もだいたい札幌駅だったけれど、何度か空港まで付いて来てくれた。迎えに来てくれたことも1、2回あったようななかったような。そう言うと人には呆れられるが、相手がまだ学生だったので経済的な理由だ。なんならデート代だって割り勘か私が出していた。そんなことどうでもいい小さいことだと思っていた。むしろ申し訳ないと謝り続けるその人にどうやって気を楽にしてもらおうかを悩んでいた。無駄遣いだったとか損だとは思わない。それで私は幸せだったからそれでいい。けれどこのエピソードを聞いてやたらと私にたかりたがる野郎が何人かいて、そいつらは今すぐくたばればいいと思う。おっと暴言失礼。
 中部国際空港から新千歳空港新千歳空港からJR札幌駅。2年間ほぼひとりで通ったその道はもうすっかり私に染みついていて、未だに鮮やかに覚えている。ありんこのおにぎりとチーズタルトがときどき恋しい。

 

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 何度か今日のように、飛行機までの時間が有り余っているのであてもなくふらふらと札幌駅近辺の雪道を散歩した。時々足を滑らせて転びそうになったり、雪で段差に気づかず転びそうになったりした。しんと張り詰めるような空気の冷たさが好きだった。くるしくてさみしくていとおしかった。そうか、知らない街と知らない場所にひとりで、さみしかったんだなと今更になって思う。それでもあの人がいる街だったから好きだった。


 そんなことを思い出しながらシャッターを切っていて、もう思い出してもつらくもかなしくもない自分に気づいた。きっとあとはもう美しく風化していくんだろう。また札幌に美味しいものを食べに旅行には行きたいけれど、会いたいとはもうこれっぽっちも思わない。何かを思い出してもつらかったとは思っても、つらいとは思わない。

 

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 いつの間にかすっかり空が晴れて、ふと雪の影の青さに気づいた。綺麗な雪の影は青いと本で読んだことがあるのだけれど、そうじゃない。空が青く澄んでいるから、それを反射する雪の影も青いんだ。滅多に雪が降らない地域に住んでいるので、新発見だった。北海道の雪は常に分厚い雲が空を覆っているので気づかなかった。凍っていても、水面に映る空と一緒なのだろう。

 

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 雪の積もった畑に、雀が集合していた。望遠レンズを忘れてしまったので少し遠い。でも膨らんだ丸い雀がたくさんでかわいい。そんな私の背後を、いつの間にかヤマトのトラックが通過して行って驚いた。こんな日でも運送会社2社はちゃんと荷物を運んでいて大変だなぁと感心する。いつもありがとうございますとこっそり地域住民を代表して頭を下げておいた。

 

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 途中雪が溶けて水溜りになった場所があった。晴れて溶けてきたのだろう。やっぱり水面の青空が綺麗で、夢中で撮っていると向こうから柴犬を連れたおじさんがやってきた。
 田舎なので、私はすれ違う人みんなご近所さんで、家族がお世話になっている人だと認識している。元気に挨拶したらちょっと難しい顔をしながら「っす」と返してくれた。
 ちなみにおじさんの気難しい顔の挨拶はどういう顔をすればいいかわからない照れ隠しだと勝手に思っている。失礼な若造ですみません。ご近所さんであっても、会釈だけの人も返してくれない人ももちろんいるのでちょっと嬉しくなる。
 おじさんとは対照的に柴犬が満面の笑みを私に向けてくれた。白い息を吐きながら、おじさんの歩調に合わせて元気に歩いている。すれ違っても振り返って私の様子を伺う柴犬のくりくりした目が最高にかわいい。柴犬かわいい。

 みなさんもうご存知、あるいは御察しの通り、私は動物という動物、生き物という生き物が大好きです。人も嫌いじゃない。多分嫌いなのは、自分の人に対して持つ感情という名のめんどくさい何かだ。

 

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 なんだかすっごくトイレに行きたい気がする、とつい最近読んだ漫画みたいなことを考えながら歩いていると、ふと足元にあるそれに気づいた。鳥の足跡。雀にしては大きいし、鳩にしては小さい。足跡だけなのにものすごくかわいい!(重症)

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 少し歩いていると犯人が同じように足跡をつけていた。モノトーンの尾の長い鳥だった。エナガセキレイかな。かわいい。

 

 犯人のわからない動物の足跡を「飼い主の足跡はないし猫より大きいからもしかして狐かな!」とわくわくしながら眺め、今回の撮りたいもののひとつであった雪の積もる山茶花をカメラに収めて、このへんでそろそろ膀胱が限界だったので慌てて帰路につきました。最後の最後がちょっと残念で申し訳ありません。

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