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うたかた。

小説散文ときどき日記

それはまるで煙のように

「出会ったあの日、あの時間、あの場所で、最後に一目会いたい」 そんなカッコつけたメッセージを送ったが、返事もないそれに結果は目に見えていた。叶えられるはずもない約束をして、それでも来るはずもない人を待ち続けた。大きな池と遊歩道のある公園。俺…

歪なメビウスの輪

私は、双子なのにすべてにおいて私よりも優れている妹が嫌いだった。だから私は双子でも彼女を佑莉ではなく、妹と呼ぶ。 妹は背が高くてやせている。私はといえば全然背が伸びず、なのに妹よりずっと太りやすい体質だ。まったく同じ食事、運動、同じ生活習慣…

御馳走マグロ

「咲季はしっかり者だから、大丈夫」 最期の時、私は母とゆびきりをした。ゆびきりげんまん。そう呟く母の言葉に私は首を振る。置いていかないで。ひとりにしないで。泣いて縋りつく私を置いて、母は笑顔でこの世を去った。 母と交わした約束を守るため、私…

スマイルプリーズ

「琉偉は、紗夜ちゃんのことがすきなの?」 突然の、師匠の容赦なく突っ込んだ質問に、俺は思わず奢ってもらったコーラで噎せそうになった。汚いなと文句を言いつつ紙ナプキンを数枚渡してくる。 「……そりゃあ、まぁ」「告白しないの?」 口元をそれで拭いつ…

空白と虚無の狭間

いつから、どうしてここにいるかは覚えていない。誰もわたしを見てくれない。声を聞いてくれない。だからその男の人と目があった時、逃すものかと思った。ずっとずっと、暗いところにひとりでいて、さみしかった。 「ねぇ、聞こえてるんでしょう?」 話しか…

ピンク・レディー

「”君はひとりで生きていけるよね”だって」 そう言って男は、か弱い女の子の手を取って去った。手のグラスを揺らすに合わせて、カラカラと氷が高らかに鳴る。それを見たバーテンのお兄さんが、おかわりのお酒の準備をしてくれる。なんて気の利く店員さんだろ…

とけゆくキヲク

かつてその人は、僕が生まれた時に名付け親になってくれた人だった。ということを、本人から聞いた。お父さんの恩師だというその人を、僕はずっとおじいちゃんと呼んでいた。ちなみに本当のおじいちゃん二人は名前にじいを付けて呼んでいる。 おじいちゃんは…

夜明けを待つ背中

一家心中の生き残り。それが俺という子供の、当時持つもの全てだった。誰もがかわいそうに、と俺の身体の傷痕を見て顔をしかめる。身体中に残ったそれが、両親が俺に残した唯一のものだ。それからというもの、自分に近づいてくる人間が、すべて興味本位であ…

夢渡り

「おや、人間のお客さんとは珍しい」 おお、アライグマだ。アライグマに話しかけられた。 暗い空間を長い事歩いて、その巨大な水面にぶつかった。湖だろうか池だろうか。…流れがないけどもしかして川だろうか。岸にあげられたいくつかの小さな船に、二本足で…

桜の木の下で。

その人と出会ったのは、大きな公園の、噎せ返るような桜吹雪の中でだった。 淡い色で埋め尽くされた美しい光景に、その人だけそぐわなくて、そこだけ世界が違うように見えた。……要するに、ものすごく汚いおっさんだったのだ。 無精髭に、変な柄のシャツとカ…

鬼も福も内にある

「ねぇ琉偉、鬼っているのかな?」「え……うちの母親?」「そういうのじゃなくて」 スーパーでの買い出しの途中、突然紗夜がそう呟いた。彼女の視線の先に、節分の特設コーナーで赤い鬼のお面が飾られていた。スーパーの恵方巻きが豪華で美味しいというので今…

緑の溢れる場所

20代最後の誕生日の日、同棲していた男が他に女を作って部屋を出て行った。もう、この年齢の誕生日だなんて嬉しくもなんともない。誰かに祝ってほしいだなんて感情はとっくの昔に忘れた筈だったのに。 怒りに任せて、玄関に残った男のサンダルをゴミ袋に突…

欠け落ちた魂

「お前さん!お前さんったら!」 騒がしい声で叩き起こされて、俺は重たい瞼を上げた。知らない顔がふたつ、俺を覗き込んでいる。 「なんだぁ……うるせぇな」「なんだいその言い草は!」「いて!」 女が俺の頭をはたいた。随分と口の悪い乱暴な女だ。泣き腫ら…

見分け方

仕事で帰りの遅い紗夜を気遣って、「今日は俺が冷蔵庫の物で晩御飯作るから」とSNSでメッセージを送っておいた。 「ただいま!ご飯何?」 帰ってくるなり興味津々の彼女をとりあえず椅子に座らせて、俺はひとつひとつ料理を差し出す。今日は和食にした。 「…

染まる珊瑚

「おっさん」は、その名の通り僕の親戚のおじさんだ。辺境の島で染物職人をして生活している。 僕は夏休みになるとおっさんのところへ遊びに行くのが楽しみだった。お正月のおじいちゃんおばあちゃんの家よりずっとだ。おっさんとこの島が好きだ。 島に来た…

親バカ

恋人の由美さんには、茉莉ちゃんという小学生のかわいい女の子の子供がいる。 仕事の都合で遅れてしまうので、茉莉ちゃんの学芸会に先に行ってビデオを撮っておいてほしいという。俺は彼女の父親ではないのだが、いいのだろうか。まだ由美さんとも籍を入れて…

乾杯

あとでうまいものを食わせてやるから、パーティーに一緒に行かないかと誘われたのがはじまりだった。暗号化された招待状は、友人の大輔がオークションで競り落としたものだ。どういう経緯なのかは俺もよくは知らない。面白そうだからという理由で、怪しい物…

友達が死んだ。

友達の祐一が死んだ。交通事故死だった。 中学からの古い仲であり、当時仲の良かったメンバー数人と一緒に葬式に参加することになった。のはいいのだが、俺は少しげんなりしていた。式場に入って早々いやな気分に見舞われる。肩が重いし頭痛が酷いし吐き気は…

深淵の人魚

学校のプールには人魚が住んでいる。けれど人魚は誰にでも見えるわけではないらしい。人魚に出会うためにはいくつかの条件が必要で、プールに来る時に決まった道順を辿らないといけない。それでもいる時と、いない時がある。 人魚がいる時は、プールの水が淡…

酒は飲んでも呑まれるな

「え、相良くんAB型なの?」 大好きな先輩の送別会で、話題は血液型の話になっていた。A型やO型ならまだしも、B型やAB型はこの話題は肩身が狭い。 「二重人格なんだ?」「そんなことないですよ」 そもそも、4種類しかない血液型に対して性格を割り振るとい…

白に染まる世界

猛吹雪の中出勤して、その影響による激務で疲れ果てた翌日の日曜日。明け方まで夜更かししていた私は昼過ぎにようやく目覚めた。窓から外を眺めて、広がる白銀の景色に前日とは打って変わってテンションが上がる。十年ぶりぐらいだろうか、この地域では珍し…

箱庭

私は妖怪の主に飼われている。 通学の近道をしようと路地に入り込み、迷い込んだ果てに辿り着いた、その不思議な世界。人食い鬼に追いかけ回されていた所をその気まぐれな主様に助けられた。 人間を食べる生き物がたくさんいるこの世界で、どうして私を生か…

邪気払い

「おは……どうしたの?」 朝食の支度をしていると、琉偉が眠そうに起きてきた。今にも倒れそうな顔色をしている。その目の下にはがっつりと濃い隈が。テーブルについたと思ったらそのままずるずると突っ伏してしまった。 「んー……」「何かあった?」「いや、…

シガレット

おじさんは、私が保育園の時からママの恋人をしている。いつものちくちくのヒゲ。くたびれたシャツ。お酒は飲まないけど大のつく愛煙家とやらで、私の保育園のお迎えに咥えタバコで園内までやってきて先生に怒られたりもした。 「おかえり」 小学校に上がっ…

どきどき追いかけっこ

私はいつも、暇さえあれば斜め向かいの家に行く。物心ついた頃から第二の家のように通っている神代家には、珍しいオスの三毛猫がいる。 そう、私はいつも猫を目当てに行くのであって幼馴染の琉偉は二の次だ。優しいおじさんとおばさん、かわいい三毛猫のミケ…

キスにご執心。

「ねぇ琉偉知ってる?」 学校からの帰りの電車で、突然隣に座る紗夜がこちらに乗り出してきた。勢いよく動くから彼女の持ってるリプトンのパックが溢れないかが気になった。 「何が?」「キスするとストレスホルモンが急激に下がるんだって」 そう言われてつ…

ホットチョコレシピ(二人分)

私は料理が好きで、台所が好きだ。楽しくても悲しくても嬉しくても寂しくても、私は毎日ここで何かを作り、食べ、片付ける。手の込んだ料理の日もあれば、カップ麺やお茶だけの日もある。時には立ったまま、そこで牛乳を飲んだりアイスを食べたりする。それ…

しりとり

「なぁ、しりとりしようぜ」 突然隣で膝を抱えていた斎藤がそう切り出した。こんなに大勢人が集まっているのに知っているのはこの斎藤しかいない。 いや、まだ知り合いがいるだけましなのか。避難所は人でごった返していた。娯楽もないここではたしかにそう…

「さようなら。」

今日の一番は、恋人から届いた「俺たちの関係を考え直そう」というメッセージがはじまりだった。深夜に送られていたそれに、どういう意味かと問う返信をしたが既読がつかずにいる。胸の内に煙のようなものがもやもやと立ち上りはじめた。 次に、この冬一番の…

どきどきルーシー連想ゲーム

俺の彼女は変わっている、と思う。 「ルーシーかわいいよね」 餡パン片手にテレビを見ながら、突然紗夜がぽつりとこぼした。ちなみに彼女はお笑いの番組を見ていた。誰だ、ルーシーって。テレビに映る人物にはそんな外人の名前をしているであろう顔は見当た…

小林くん

「おはよう古賀君!」 「……おはよう、」 キラキラと振りまかれる笑顔が直視できなくて、僕はそっと目をそらして挨拶した。けれど彼はもう他の生徒への挨拶回りで忙しく、僕の方を向いてなどいない。 僕は、小林くんが苦手だ。クラスの人気者である彼はいつも…

十八歳、海の底。

男は、私を片腕に抱いて眠っている。触れあっている剥き出しの肌はまだ、十分な熱を持っていて、しっとりと濡れていた。二人でくるまったタオルケットごしに、時折吹き込む冷房の風が心地いい。 男の寝息に合わせて、ゆっくりと呼吸をする。目を閉じて、長い…

禁断の果実

「ようこそおいでくださいましたお嬢様」 ああこれは夢か、とすぐに気付いた。真っ黒闇にスポットライトを当てた空間に、男が一人、立っていた。タキシード姿の男は顔に白塗りの、ピエロの化粧を施している。その男が被った帽子を手にとって、恭しく礼をした…

合わないレンズ

「私、結婚するんです」 最近度の合わなくなった上に、レンズが汚れ曇ってきた眼鏡がずり落ちた。頭の中がからっぽになってしまい、放たれた言葉がその空洞に虚しく響く。目の前の彼女を恋人だと思っていたのは、僕だけだったのだろうか。だとしたらなんて滑…

カンシュ

ふと気づくと、私は見知らぬ場所にぽつんと立っていた。目の前に立つ鳥居は不気味なほど真っ白い色をしている。敷石も白い。空も白い。これは夢だろうか。 ……私は、一体何をしていたんだっけ。 泣き疲れて眠ってしまったのだろうか。 ……でも、どうして、泣い…

夕陽の色

あしやくん。図書室でいつも会う隣のクラスの不思議な男の子。 こんなにきれいな男の人を、私は彼以外に見た事がない。 男の人にきれいといってはいけないのかもしれないけれど、どんな男の子よりも女の子よりも、美しい人だと私は思う。 先生と文芸部はこの…

老人と睡蓮、魚たち。

夢の中で、あまり声を出してはいけないと禁じられているおじいさんと会った。 まるで天女のような美しい女性が、淡々とした声で本来は会話も禁じられていますが、とそっと私をおじいさんの元へ促した。 どうやらおじいさんに付き従う世話役の人らしい。 ……本…

白い虚空に眠る

「蛇さん、ドーナツ、食べる?」「食えるか!」 何度言えば、こいつは俺に人間の食い物を与えようとするのをやめるのか。いや、今のこいつには前世の記憶がないから無駄なのか。 「神戸に修学旅行で行ってきたの。そのお土産」 太い枝に腰掛け、投げ出した足…

どきどきアート展デート

「琉偉君琉偉君」「なんでしょう紗夜ちゃん」「ちょっとお話があるのですが」 紗夜は俺の事を昔から呼び捨てしているはずだが、突然謎の君付けをはじめた。ので、なにかあるだろうと踏んでいたら、やはり意味深な言葉が返ってくる。心当たりもないのにどきり…

どきどきクリスマスディナー

「ねぇ、紗夜のとなりにさ」「……え?」「外国人の霊がヨダレ垂らしてこっち見てる」「えええええええ」 幼馴染の琉偉はいわゆる見える人である。昔から好奇心旺盛でなんでも知りたがりだった幼い頃の私は、そんな琉偉の見ている世界を事あるごとに面白がって…

幸せな男の話

人は死の直前に見せる表情が一番美しい。その姿を愛おしいとさえ感じるのは、私が狂っているからだろうか。 この仕事を続けているのは、人である私にはこれしか生きる術がないからだ。私は人を壊すことでしか私を証明できない。私を形づくるものはこれしかな…