うたかた。

小説散文ときどき日記

小林くん

「おはよう古賀君!」

「……おはよう、」

 キラキラと振りまかれる笑顔が直視できなくて、僕はそっと目をそらして挨拶した。けれど彼はもう他の生徒への挨拶回りで忙しく、僕の方を向いてなどいない。

 僕は、小林くんが苦手だ。クラスの人気者である彼はいつも輪の中心にいる。誰に対しても友好的かつ自由に振る舞い、頭がよくスポーツができて、どの先生相手でも怯まず、いつも好き勝手生きている彼が疎ましく、そして羨ましくもあった。だけど、あんなことになるとは思っていなかった。だからって、いなくなってほしいなんて思っていなかった。

 

 小林くんは死んだ。近所の裏山で倒れていたそうだ。警察は詳しいことを教えてくれないので。理由はわからない。けれど当日、彼の通学鞄は学校のゴミ箱から発見された。事件なのか、自殺なのか。学校中がその噂で持ちきりだった。

 小林くんの葬儀にはクラスメイト全員で出席した。お坊さんがお経を上げている間、小林くんのお母さんはずっとぼんやりと遺影を眺めていた。まだ、状況の把握ができていないという表情だった。小林くんの小さい弟と妹もいる。目元が小林くんにそっくりだった。お父さんはいないらしい。きっと人のいい小林くんがさぞかしよく面倒を見て可愛がっていたのだろう。二人とも泣きじゃくっている。

 形式上そこに棺が置いてあったが、どんな表情で眠っているかはわからない。まさか焼香の時に奥まで入り込んでいって覗きこむ訳にもいかない。静かに両手を合わせながら、どうして僕は彼が苦手だったのだろうと思っていた。誰もが彼を慕っていたのに。でもきっと、だからこそなのだ。クラス中どころか学年中の誰にでも好かれて、どの先生からも評判のいい人気者なんて、本当にいるのだろうか。本当に小林くんはそれほど素晴らしい人だったのだろうか。

 僕はきっと、何もかもが完璧すぎる彼が気味が悪かったのだ。本当に小林くんは、いい生徒であり、いい友人だったのか?

 

 

「実は俺、小林のこと苦手だったんだ」

 葬儀からの帰り道、同じ方向のメンバーの中でぽつりとこぼしたのは、比較仲のいいクラスメイトだった。

「……実は僕も」

「俺も」

「おい、やめろよ」

 学級委員が険しい顔で遮った。……そういえば、人気者なのに委員ではなかったなと思い出す。部活も、僕と同じ野球部だったがレギュラーではない。僕はなんだか不安になって、慌てて口を開いた。

「小林くんって、頭よかったよね…?」

「ああ」

「テストの順位はクラスで何番だったんだろう」

「…さぁな」

「お母さんしかいないこと、誰か知ってた?」

 クラスのメンバーが10人程集まっているのに、誰も口を開かなかった。つまり誰も知らないのだ。まさかと思いながら、もうひとつ質問を投げかけた。

「小林くんって誰と仲よかったっけ?」

「委員長だろ?」

「いいや、佐々木だろ?」

「俺もそこまでは…」

 再び、沈黙が下りた。重い空気が立ち込めてしまって、みんなの気まずさに拍車をかけた。僕たちは一体、毎日会っていて小林くんの何を見ていたのだろう。遺影を見たはずなのに、顔や声ですら曖昧になってしまった気がする。

「……小林くんって、どんな存在だったんだろう」

 今度こそ、誰もそれを答えてくれなかった。小林くんが死んだということよりも、その沈黙の方がずっとずっと恐ろしかった。

 

 

(妖怪三題噺様より「小林」「ゴミ箱」「裏山」https://twitter.com/3dai_yokai