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うたかた。

小説散文ときどき日記

シガレット

三題噺

 おじさんは、私が保育園の時からママの恋人をしている。いつものちくちくのヒゲ。くたびれたシャツ。お酒は飲まないけど大のつく愛煙家とやらで、私の保育園のお迎えに咥えタバコで園内までやってきて先生に怒られたりもした。

 

「おかえり」

 小学校に上がっても、おじさんはときどき私を迎えに来る。学校近くのコンビニで、おじさんはタバコをふかしながら私が通りかかるのを待っている。それがすごく恥ずかしい。せめて見た目をもう少しどうにかしてほしい。

 友達や近所の人は、おじさんが私のパパだと思っている。けれど私のパパはずっと昔に事情があってママとわかれてしまったのだ。小さすぎて記憶にないけれど、それはそれは素敵なパパにちがいない。だって私のパパだから。私のパパは、こんな汚いおじさんじゃない。

「マリちゃんのお父さん、お仕事はしてないの?」
「ちゃんとしてるよ」

 友達のカヨちゃんが突然そう言い出したのに、私はこの人はお父さんじゃないということができないでいる。おじさんも否定はしてくれない。ママと結婚したいから。私のパパになりたいから。それはわかっている。私が本当は、どうすればいけないのかもわかっている。けれど本当のパパが私には別にいるのに。どうしてもそう思ってしまう。夢の中のパパはおじさんと正反対で、毎日スーツを着こなして、真面目で、眼鏡をかけているサラリーマンだ。

「一応、作家だよ」
「さっか?」
「小説を書いたり、映画やドラマのお話を考えたり」
「すごい!」

 すごくない。だってテレビでおじさんの名前をそんなに聞かないもの。そこそこ売れているという大人の言葉は、私にはどれだけすごいのかがさっぱりわからない。

 カヨちゃんが嬉しそうに、おじさんとつないでいる手をふる。私はなんだかそれにもやもやしてしまう。このもやもやをなんて呼ぶのかわからなくて、私は道端に転がる小さな石ころを蹴った。きっとカヨちゃんみたいな子が、ママの子だったらよかったのに。

 

「お菓子でも買って帰ろうか。はい、カヨちゃんも好きなのを買っておいで。」
「いいの!?」

 道の途中にある駄菓子屋さんで、ふとおじさんが立ち止まった。ズボンのポケットから取り出した100円玉何枚かを、私とカヨちゃんに渡してくれる。カヨちゃんははしゃいでぴょんぴょんと飛び跳ねながら、今度は私の手を引っ張ってお店へと駆け込んで行く。 

「マリちゃんはなにがすき?」
「うーんチョコレートかなぁ」

 小さなカゴに、金貨の形のチョコを何枚か、スナック菓子とガムを入れる。焼き菓子も悩む。たくさんのお菓子を見て回って、ふと私は見つけたお菓子を手に取った。おじさんが好きだというものと、同じ形をしたラムネ菓子。少しの間そのパッケージを眺めてから、私はそっとそれをカゴに入れた。

 

 お店から出ると、おじさんはやっぱり外でタバコを吸って待っていた。カヨちゃんはまだ、お店の中でスナックの種類で悩んでいる。
 私のパパは、絶対にタバコは吸わない。けれどそれは全部私の妄想で、そのパパは一度も私の前に現れてくれない。迎えに来てくれない。手をつないだり、抱っこしたりしてくれない。それは全部おじさんの役目だ。汚くても、臭くても、サラリーマンじゃなくても、やっぱりおじさんが私のパパに一番ふさわしい。だっておじさんはママを愛しているから。私を大切にしてくれるから。

 

 私はおじさんの隣に並んで、袋からそのシガレットラムネを取り出す。おじさんを真似て咥えてみると、甘い味が口に広がった。やっぱり偽物は、おじさんの煙臭さには程遠い。けれど少しだけ、おじさんに近づければいいなと思った。タバコを吸ってる時だけは、おじさんはとってもかっこいい。

「一本どう?」

 携帯灰皿でタバコを消したおじさんに、そのラムネの箱を差し出す。おじさんは声を出して笑いながら、私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

 

 

 

 

 

(妖怪三題噺様より「愛煙家」「保育園」「ラムネ」https://twitter.com/3dai_yokai

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