邪気払い
「おは……どうしたの?」
朝食の支度をしていると、琉偉が眠そうに起きてきた。今にも倒れそうな顔色をしている。その目の下にはがっつりと濃い隈が。テーブルについたと思ったらそのままずるずると突っ伏してしまった。
「んー……」
「何かあった?」
「いや、うん」
琉偉が言葉を濁す時はだいたいあの世の人が関係している時だ。そしてそれは現在進行形で起こっていたりする。
「最近毎晩来て寝かせてくれないんだよ」
「おお」
なんて情熱的な霊なんだと感心してしまったけどそれは恋人としてどうなんだろう。隣で爆睡してるからって私を差し置いて毎晩霊と逢瀬を重ねているだなんてと嫉妬するべきか。……いやちょっと違う気がする。
「……パンダみたいな隈のおっさんが毎晩天井からぶら下がってこっちをじっと見てくるんだよ」
「こわっ」
情熱的だなんて思ってしまってすみませんでした。想像するだけで気持ち悪い。怖い。
「話しかけても答えてくれないし、無視して寝ようとすると金縛りしてくるし……どうしたらいいんだよ一体…………」
ぐったりしている琉偉が哀れで、その頭をよしよしと撫でてあげた。どうやら一睡もできていないらしい。ここ数日元気がないなとは思っていたがそういうことだったのか。
生きている人と違って、霊は時間と場所を選んでくれないらしい。霊感がある人って大変だなぁと改めて琉偉の苦労を思った。
「今もいる?」
「いや、夜にしか来ない」
「今日休みだっけ。今のうちに寝る?」
「ん、そうする」
「じゃあ朝ご飯だけ食べておやすみ。やさしい紗夜さんが今日の家事当番を交代してあげよう」
「ありがと」
紗夜が作ってくれた朝食を済ませて、俺はリビングのソファに毛布を持ち込んで眠り込んでいた。夢も見ずに爆睡して、ふとおいしそうな匂いで目が覚める。窓の外を見て愕然とした。もう日が傾いている。
「あ、ちょうど起きた」
おたま片手にエプロン姿の紗夜が嬉しそうに振り返った。うきうきとした背中が何かを語っている。鍋のそれをお椀によそって、木匙と一緒に俺に差し出して来た。ほんのりあまい香りがする。
「……お粥?」
「そう、小豆粥。ちょっと早いけど、小正月に食べるんだって。健康祈願と邪気払いの縁起物」
「へぇ」
白い米と小豆で作られるその粥は赤飯よりも色は白い。紗夜がそれにごま塩を振って、リビングのテーブルに色々と並べ始めた。今日はこのままここで食事をしろという事らしい。
「梅干しも魔除けなんだって。お酒は日本酒。おかずも一応色々作ったよ。デザートは桃ね、私が食べたかったからムースケーキにした!」
多分俺が寝ている間に、夕食のメニューに悩んだのだろう。紗夜なりの精一杯の気遣いに、俺は思わず吹き出してしまった。
「紗夜のそういうところ、」
「ん?」
「すごくかわいいと思う」
「ねぇそれ褒めてる?微妙にバカにしてない?気のせい?」
「気のせい気のせい」
小豆粥を一口掬って食べると、香りや紗夜の気持ちと同じように、あたたかくやさしい味がした。
(妖怪三題噺様より「パンダ」「天井」「粥」https://twitter.com/3dai_yokai)