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うたかた。

小説散文ときどき日記

箱庭

三題噺

 私は妖怪の主に飼われている。

 通学の近道をしようと路地に入り込み、迷い込んだ果てに辿り着いた、その不思議な世界。人食い鬼に追いかけ回されていた所をその気まぐれな主様に助けられた。

 人間を食べる生き物がたくさんいるこの世界で、どうして私を生かしてくれたのかはわからない。人間は食料か、憎むべき相手らしい。それはなんとなく周りの妖怪たちの私に対する接し方でわかる。けれど主さまは私に対してやさしく丁寧に扱ってくれているので、実は、主さまの初恋の相手に瓜二つとかいう理由ではないのかとこっそり思っている。

 

 

 主さまの住まう広大な屋敷は、行けども行けども果てがない。どうやら主さまが何かすごい力を使って空間そのものを捻じ曲げているそうだ。きいても更に意味がわからなくなるだけだった。けれど現実にどれだけ障子を開けても外にたどり着けない。ここは私にとってはなにもかも不思議なことばかりだ。

 

「おいで、」

 

 やさしく微笑んで呼びかけてくれる主さまはとても綺麗な人の姿をしている。黒鋼色の不思議な色の髪と、血のように赤い瞳。2メートルは超えているであろう大きな体。主様の周りにいる妖怪も人の姿をしている者が多い。どうやら人の姿に近い妖怪ほど身分の高く、強い妖怪のようだった。もともと人の姿なのか、人の姿に変じているのかはわからない。なんとなく、私は後者のような気がしているけれど。

 

「今日は何がききたい?」

 

 私を膝に乗せ、主様はその美しい顔で微笑む。この不思議な世界の不思議たちを、主様は嫌な顔一つせず丁寧に私に説明してくれる。機嫌よく私の髪を撫でているその仕草は、人が飼い猫にするそれのようだ。何か食べるかと主さまが引き寄せた器には、いろいろな果物やお菓子が入っている。何故かなすときゅうりもそこにあったのは、何か理由があるのだろうか。

 

「主様はなんの妖怪なんですか?」
「我らにそのような線引きもなければ、私に種族の名というものもない。彼らを統べるものとして生まれ、死ぬ。死ねば次の主が生まれる。それだけだ」
「ではあなた方は、なんなのでしょう」
「人の業と欲により忘れ去られし者」
「業……」

 

 なんだか今日の主様の言葉は難しい。一生懸命理解しなければと唸る私とは正反対に、主様は楽しそうに私の髪に指を絡めている。

 

「私がこの世界のみんなから嫌われるのは、その忘れてしまった側の人間だからなのでしょうか」

 

 主さま以外の方達は、どことなく他人行儀でよそよそしく、距離が遠い。目も合わせてくれない。そして極め付けは今朝、私の世話をしてくれた狐の女の人が、ぽつりと呟いた。忌々しい、と。

 

「人と我らは磁石のようなものだ。切っても切り離せないのに、必ず対極にいる。あるいは鏡のようなものか」
「あの、どういう……?」
「こちらの者は、人を好きな者も嫌いな者もどちらでもある者も、どちらでもない者もいる。愛してる者も、……憎んでいる者も。私は人がすきだよ」
「……ならば、いいのですが」

 

 髪を梳く手がやさしくて、触れている体温があたたかくて、私はずっと主さまに一番訊きたいのに、だからこそ一番聞きたくなくて、なかなかそれを言い出せずにいる。

 ……私は、元いた世界に帰れますか、と。

 

 

 

 

 

(妖怪三題噺様より「業」「きゅうり」「磁石」https://twitter.com/3dai_yokai

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