うたかた。

小説散文ときどき日記

白に染まる世界

 猛吹雪の中出勤して、その影響による激務で疲れ果てた翌日の日曜日。明け方まで夜更かししていた私は昼過ぎにようやく目覚めた。窓から外を眺めて、広がる白銀の景色に前日とは打って変わってテンションが上がる。十年ぶりぐらいだろうか、この地域では珍しい何十センチという積雪だった。休みの日の雪は嬉しい。子供の頃に戻って遊びに出たくなる。流石にいい大人が一人で雪遊びは侘しいのでミラーレスカメラを片手に散歩に出ることにした。

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 雪だけじゃなくて空までも仄白くて、白が全てを覆い尽くしている。いつもの町の景色なのに、違う世界にトリップしてしまった気分だった。

 

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 住宅地を通り過ぎ、長い長い山道とも言える坂道を下る。誰とも、車ともすれ違わない。車の轍は残っているけれどそこにも雪が積もっていて、いつも散歩している何組もの老夫婦の姿も、道端で談笑している人も、畑で作業する人も雪かきをしている人の姿すらない。
 長い山道を下りきった先はいつもは車の交通量が多いのに、そこにも一台も車が走っていない。

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 何軒か家の庭や軒先に雪だるまが作られていた。けれどやっぱり子供の姿も声もない。あれほどまでに大きいのは、きっと大人も混ざって家族で作ったのだろう。きっと私のように、大人も日常になんらかの影響がなければ、あるいはそれを楽しむ余裕さえあれば、非日常の出来事は楽しいのだろう。

 そういえば、雀やカラス、その他名前の知らないたくさんの種類の鳥がいない。鳴き声もしない。こんな田舎なのに、動物などの生き物の気配もなかった。雪が音を吸収してしまうのだろう、風の音すらなくて、私が雪を踏みしめて歩く音だけがする。世界に私以外誰もいなくなったようだ。轍や雪だるま、ついさっきまで人のいた痕跡はあるのに、人がいない。突然みんなどこか遠いところに行ってしまって、世界にたった一人だけ取り残された不思議な気分だった。

 

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 せかいにたったひとりということは、この素晴らしい景色を、世界を、私一人だけのものだということだ。世界を独り占めだなんて素敵だ。そう噛み締めながら、いくつかシャッターを切った。雲が薄くなってきて切れて青空があちこち覗きはじめていた。

 

 喉が渇いたのと小腹が空いたのと手が冷たいので、コンビニへと向かう。田舎なので、前は家から40分歩かないとコンビニがなかった。最近徒歩15分のところにできたセブンイレブンは本当にありがたい。
 ふと、じゃらじゃらと音を立てて、タイヤに鎖を巻いた佐川急便のトラックがやってくる。今にも止まりそうなほどゆっくりとした走行で、ふとネットで出回っていた被災地を走るトラックの写真を思い出した。
 コンビニから出てきたおじさんとすれ違い、ひとりの世界が終わってしまった。ほんの少しだけ残念な気分と安堵感。いつもの何故かレジに入ってくれない店員のおばさんさんもいる。いつも混んでるコンビニなのにお客さんがいない。店員さんは商品を選んでいるとやっぱりいなくなってしまって、カウンターに飲み物とパンを置いてぼんやり待つ。別の所からバイトらしきお姉さんがやってきて会計をしてくれた。

 

 コンビニから出ると、小さい子供二人と手をつないで歩くお母さんがいた。男の子がお母さんの手を離してはしゃぎ回り、女の子がお母さん手を引っ張りながらそれに続く。男の子が長靴が脱げてしまっても尚走り回るので、靴下が雪でべちゃべちゃになり、お母さんが悲鳴とともに男の子を叱る。確かにしもやけになったら大変だ。こっそり写真を撮りたいなぁなんて思いながら、もちろんレンズキャップはそのままに私はいつもの散歩コースとは逆の道へと行ってみることにした。

 

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  雪は、降ってる最中の方があたたかい気がする。

 

 ふとその声が蘇って、そこではじめて、私にとって雪といえば札幌の景色だったと思い出した。私にそう言ったのは当時付き合っていた北海道に住んでいる人だった。当時学生だったその人と、もう働いていた私。必然的に私が札幌まで会いに行っていた。2ヶ月に1回、あるいは月1で飛行機で会いに行っていたエピソードは未だに職場の人たちの間で語り草になっている。(でもそろそろ何度も噂されるのは恥ずかしいので過ぎたことはそっとしておいていただきたい)
 確かに、それだけ好きだった。それまでたくさん傷ついて恋愛感情に疲れ切って人間不信だ男嫌いだ言っていたはずの私が、あれほどまでになりふりかまわず激しく情熱的に深く深く人をすきになれるだなんてきっともう永遠にない気すらする。そして若いからこそできたことだったと思う。

 

 札幌の思い出は、一人で過ごした記憶の方がずっと多い。その人の家は外泊禁止だったので、いつも終電で解散してひとりで駅近くのホテルに泊まった。待ち合わせも解散もだいたい札幌駅だったけれど、何度か空港まで付いて来てくれた。迎えに来てくれたことも1、2回あったようななかったような。そう言うと人には呆れられるが、相手がまだ学生だったので経済的な理由だ。なんならデート代だって割り勘か私が出していた。そんなことどうでもいい小さいことだと思っていた。むしろ申し訳ないと謝り続けるその人にどうやって気を楽にしてもらおうかを悩んでいた。無駄遣いだったとか損だとは思わない。それで私は幸せだったからそれでいい。けれどこのエピソードを聞いてやたらと私にたかりたがる野郎が何人かいて、そいつらは今すぐくたばればいいと思う。おっと暴言失礼。
 中部国際空港から新千歳空港新千歳空港からJR札幌駅。2年間ほぼひとりで通ったその道はもうすっかり私に染みついていて、未だに鮮やかに覚えている。ありんこのおにぎりとチーズタルトがときどき恋しい。

 

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 何度か今日のように、飛行機までの時間が有り余っているのであてもなくふらふらと札幌駅近辺の雪道を散歩した。時々足を滑らせて転びそうになったり、雪で段差に気づかず転びそうになったりした。しんと張り詰めるような空気の冷たさが好きだった。くるしくてさみしくていとおしかった。そうか、知らない街と知らない場所にひとりで、さみしかったんだなと今更になって思う。それでもあの人がいる街だったから好きだった。


 そんなことを思い出しながらシャッターを切っていて、もう思い出してもつらくもかなしくもない自分に気づいた。きっとあとはもう美しく風化していくんだろう。また札幌に美味しいものを食べに旅行には行きたいけれど、会いたいとはもうこれっぽっちも思わない。何かを思い出してもつらかったとは思っても、つらいとは思わない。

 

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 いつの間にかすっかり空が晴れて、ふと雪の影の青さに気づいた。綺麗な雪の影は青いと本で読んだことがあるのだけれど、そうじゃない。空が青く澄んでいるから、それを反射する雪の影も青いんだ。滅多に雪が降らない地域に住んでいるので、新発見だった。北海道の雪は常に分厚い雲が空を覆っているので気づかなかった。凍っていても、水面に映る空と一緒なのだろう。

 

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 雪の積もった畑に、雀が集合していた。望遠レンズを忘れてしまったので少し遠い。でも膨らんだ丸い雀がたくさんでかわいい。そんな私の背後を、いつの間にかヤマトのトラックが通過して行って驚いた。こんな日でも運送会社2社はちゃんと荷物を運んでいて大変だなぁと感心する。いつもありがとうございますとこっそり地域住民を代表して頭を下げておいた。

 

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 途中雪が溶けて水溜りになった場所があった。晴れて溶けてきたのだろう。やっぱり水面の青空が綺麗で、夢中で撮っていると向こうから柴犬を連れたおじさんがやってきた。
 田舎なので、私はすれ違う人みんなご近所さんで、家族がお世話になっている人だと認識している。元気に挨拶したらちょっと難しい顔をしながら「っす」と返してくれた。
 ちなみにおじさんの気難しい顔の挨拶はどういう顔をすればいいかわからない照れ隠しだと勝手に思っている。失礼な若造ですみません。ご近所さんであっても、会釈だけの人も返してくれない人ももちろんいるのでちょっと嬉しくなる。
 おじさんとは対照的に柴犬が満面の笑みを私に向けてくれた。白い息を吐きながら、おじさんの歩調に合わせて元気に歩いている。すれ違っても振り返って私の様子を伺う柴犬のくりくりした目が最高にかわいい。柴犬かわいい。

 みなさんもうご存知、あるいは御察しの通り、私は動物という動物、生き物という生き物が大好きです。人も嫌いじゃない。多分嫌いなのは、自分の人に対して持つ感情という名のめんどくさい何かだ。

 

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 なんだかすっごくトイレに行きたい気がする、とつい最近読んだ漫画みたいなことを考えながら歩いていると、ふと足元にあるそれに気づいた。鳥の足跡。雀にしては大きいし、鳩にしては小さい。足跡だけなのにものすごくかわいい!(重症)

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 少し歩いていると犯人が同じように足跡をつけていた。モノトーンの尾の長い鳥だった。エナガセキレイかな。かわいい。

 

 犯人のわからない動物の足跡を「飼い主の足跡はないし猫より大きいからもしかして狐かな!」とわくわくしながら眺め、今回の撮りたいもののひとつであった雪の積もる山茶花をカメラに収めて、このへんでそろそろ膀胱が限界だったので慌てて帰路につきました。最後の最後がちょっと残念で申し訳ありません。

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