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うたかた。

小説散文ときどき日記

酒は飲んでも呑まれるな

三題噺


「え、相良くんAB型なの?」

 

 大好きな先輩の送別会で、話題は血液型の話になっていた。A型やO型ならまだしも、B型やAB型はこの話題は肩身が狭い。

 

「二重人格なんだ?」
「そんなことないですよ」

 

 そもそも、4種類しかない血液型に対して性格を割り振るというのはどうなのだろう。大雑把でだらしないA型だって、几帳面で真面目なO型だっているだろう。

 

「なんでも器用にこなす理想主義者だって」

 

 事務の木下さんが携帯で血液型占いを検索しはじめたが、俺は去っていく先輩が明日からいないと思うと辛くて、そんな話に入り込めそうになかった。何杯目かわからないビールを飲み干し、先輩と同じ日本酒に切り替えた。

 

 ……のが、いけなかった。記憶がない。今の光景に至るまでの自分を心底呪った。

 

 

 

 俺の部屋のベッドで、知らない女の人と裸で寝ていた。どうやら朝のようだ。 鈍い頭痛と重い倦怠感。うっすらとカーテンを透かして光が入ってくる。ぐっすりと眠っている女性の顔を、おそるおそる見てみる。どこかで見たことがあるような気もするが、とても綺麗な人だった。俺のベッドの青いカバーに映える白い肌。うねる黒髪。なんで何も覚えてないんだ、俺。もう日本酒は飲まない。

 

「おはよう」
「お、……っ!?」

 

 突然、まじまじと眺めてしまっていたその瞼が開いて、にっこりといたずらっぽい笑顔になった。狸寝入りだったのか。目を開けている方が美人だ、綺麗なアーモンド型の目は深い色をしている。昨晩の自分をぶん殴りたい。もう酒は飲まない。…いや、飲んでいなければこんな状況になっていなかったのか。

 

「ごめんなさい!!」

 

 我慢できなくなって、俺はがばりと起き上がって、そしてそのまま彼女に向かって土下座した。俺が跳ね起きたせいで一瞬チラ見してしまった彼女の肌を記憶から抹消する。いや無理だ。なんでこんな美人が俺のベッドで寝てるんだ。

 

 慌ただしい俺の心臓とは打って変わって、うーんとゆったり伸びをする気配がした。少ししてなにが?というやわらかな声が降ってくる。

 

「昨日私にここまで送らせたこと?介抱させたこと?突然押し倒してきたと思ったらそのまま寝ちゃったこと?」
「っ…………その、全ての記憶がないことです……」

 さっきからずっと言っているがなんつーことをしでかしてくれたんだ昨日の俺。うらやま……違う!反省をしろ!反省を!

「そっか、忘れられちゃったのか」

 

 気を害した風でもなく、女の人は朗らかに声を立てて笑っている。なんとなくその声に聞き覚えがある気がする。2次会のバーだ。少しだけ思い出してきた。

 

「重ね重ね申し訳ありませんでした!」
「いいよいいよ、昨日は楽しかったし。全部覚えてないの?バーで会ったのも?」
「…うっすらとしか」

 

 女の人は月華と名乗った。あのバーの系列店で働いているらしい。覆面調査をしていたところ、カウンターの隣の席に座った俺が気になったらしい。

 

「他の人は楽しそうなのに、一人だけ端で死んだ目で黙々と飲んでたから。仲間が帰っちゃってもまだ一人で飲んでるし」
「ごめんなさい」

 

 そのままぼすりとシーツに頭を落とした。埋まりたい。そんな俺の気分にお構いなしに、するすると絹ずれの音がする。服を着ているようだ。余計に顔を上げられない。

 

「ねぇ相良くん」
「はい」

 

 どうやら俺は酔っ払いながらもきちんと名前は名乗っていたらしい。彼女の声で紡がれる俺の名前はなんだかとてもくすぐったかった。

 

「お腹空いてない?焼きたてのパンが恋しいな」
「……俺、車出します」
「本当?じゃあ喫茶店にしようか。ああ、先に服着てね」
「!!すみません…!!」

 

 自分も脱いでいたことを失念していた。パンツを履いていたのが救いだった。ふいに浮かんだ一体どこまでという疑問は押し殺す。訊けるわけがない。慌てて取り上げた服が酷い有様になっている。昨日着ていた服だ。盛大に吐いたらしい。もしかしたら、介抱してくれた時に彼女が脱がせてくれたのかもしれない。いたたまれない。誰か俺を殺してくれ。むしろ昨日の俺爆発しろ。

 

「君は謝ってばっかりだねぇ」
「本当に色々とありがとうございました」
「どういたしまして」

 

 昨日以上に憂鬱な気分と妙な緊張を覚えながら服を着替え、彼女と共に愛車に乗り込んだ。こんな美人に助手席に座ってもらえるだなんて、俺の車もさぞ光栄だろう。最後に女の子を助手席に乗せたのはいつだったか。数年前に別れたその子か。いや、母親かもしれない。

 

「せっかく車ならちょっと先にあるお店がいいかな。モーニングサービスが豪華でおいしいよ」

 

 いつも車につなげている音楽プレイヤーを部屋に忘れてしまい、CDも入っていないことに気づいた。仕方なくつけたラジオのDJの声が清々しくて、朝のさわやかな気配が漂ってきていた。

 

 

 

(妖怪三題噺様より「ラジオ」「日本酒」「AB型」https://twitter.com/3dai_yokai