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うたかた。

小説散文ときどき日記

乾杯

三題噺

 あとでうまいものを食わせてやるから、パーティーに一緒に行かないかと誘われたのがはじまりだった。暗号化された招待状は、友人の大輔がオークションで競り落としたものだ。どういう経緯なのかは俺もよくは知らない。面白そうだからという理由で、怪しい物に気軽に金を積むこいつの相変わらずの変人っぷりに呆れる。
 たしかに、大輔は昔からそういうやつだった。学生時代はなんとかっていうオカルトに凝っていて当時も資料だなんだって本を買い漁っていた気がする。金持ちの道楽は理解に苦しむ。が、俺の知らない世界というのもほんの少し興味があった。この友人がいなければ一生知らない世界だろう。

「どうやら二人一組が規定のようでね。それで君を呼んだんだ」
「……こういうのは女を誘うものじゃないのか?」
「僕に女の友達や知り合いがいると思うか?」
「俺が悪かった」

 大輔には女がいないどころか友達も少ない。だから腐れ縁の俺が呼ばれたのだろう。俺は大西、大輔は大崎、学生時代名前順でこいつの後ろの席になったのが運の尽きだ。結局高校3年間こいつに散々振り回される学生生活だった。そしてそれは卒業した今も続いている。

「場所と日時。あとは何が書いてあると思う?」
「俺が招待状をもらうどころか見たことがあるように見えるか?」
「これは失礼」

 その口元に浮かんだ笑みがなんとも嫌味ったらしい。大輔は金持ちのボンボンだから、パーティーの招待状だなんて、煌びやかな世界だなんてよく見知っているだろうよ。だからお前には友達がいないんだという暴言は飲み込んでおく。ちなみに俺の今着ているスーツももちろん大輔が家の者に用意させたものだ。

「……持ち物だとか、ドレスコードとか」
「ご名答。黒スーツ、黒マスクとある」
「マスク?」
「仮装パーティーのようなものだろう」

 さぁ好きなのを選びたまえと相変わらずの嫌味な笑顔で大輔が取り出したのは大仏、目出し帽、ダースベイダーだった。これは俺に対する嫌がらせか。どうせならベイダーよりバッドマンがよかったが、仕方ないので消去法だ。そのベイダーを取った。他より顔が見づらくてマシだ。いや、外から見て一番分かりづらいのは大仏だろうがそれだけは勘弁願いたい。目出し帽は通報されそうな気がする。

「……なんでお前のマスクはかっこいいんだよ」

 受け取ったマスクを被って振り向けば、大輔もいつの間にか装着済みだった。こいつ、黒い骸骨なんて隠し持っていやがった。

「細かいことは気にするな。行くぞ」

 残りのマスクをカバンに詰め込み、大輔は意味不明な記号や数字が羅列された招待状と、そこから導き出された地図を取り出した。地図によれば目的地はもう目の前だ。だが目の前にそれらしき建物はあっても入り口が見当たらない。

「どっから入るんだ?」
「おそらく地下だろう」

 その無駄にでかい建物を迂回すると、たしかに地下へ続く階段があった。やたらとくねるそれを一段一段降りるたびに緊張で心臓が激しく揺れている気がする。両開きの扉の前にはカラスとフクロウのマスクを被った二人が両脇に立って待ち構えていた。何人かが同じように黒マスクで中へと入っていく。黒い仮面が多い気がする。こんなふざけたマスクは俺たちだけじゃないか。怒られるんじゃないか。躊躇う俺とは裏腹に大輔はそのカラスのマスクに向かってずんずん進んで行く。慌てて追いかける足が震えた。

「招待状を拝見します」

 やっぱり引き止められたじゃないか!なのにどうしてこいつは落ち着き払っているどころか嬉しそうなのか。大輔が差し出した招待状を確認し、俺と大輔を上から下までじろじろと眺めたカラス頭はふぅ、と一つ息をついた。ダメか。門前払いか。

「どうぞ、足元にお気をつけください」
「ご苦労」

 何がご苦労、だ。お前は一体何様気分なんだ。諦めたように扉を開けてくれるカラス頭とフクロウを、大輔は堂々と通り過ぎて行くので慌てて俺も続いた。扉の向こうは少し進むとさらに扉になっていて、大輔はその扉を躊躇いもなく開けた。軽快な音楽と甲高い笑い声が耳に飛び込んでくる。

「ほぉ、」
「すごい人だな」

 薄暗い広い会場には黒い人がひしめいていた。うさぎのマスクを被ったバニーガールがその人集りにグラスを運んでいる。カクテルだろうか、色とりどりの液体の入ったグラスを片手に、様々な黒い仮面を被った人たちが談笑している。グラスというよりも、ガラスのコップと呼んだ方がいいだろうか。結構な大きさがある。

「いらっしゃいませ」
「うお!」

 突然、背後から声をかけられて飛び上がってしまった。そんな俺が面白かったのだろう、肩を震わせる大輔の脇腹に拳をめり込ませながら振り返ると、黒猫の仮面の女の人が立っていた。会場にたくさんいるバニーガールと似たセクシーな衣装に、さらにひとりだけ燕尾服を纏っている。丁寧にお辞儀をする彼女につられてこちらも礼を返す。

「お飲み物は決まりましたか?」
「いいや」
「どうぞ、七色からお選びください」

 そういってやってきた別のバニーガールに差し出された銀盆にはそれぞれの色の液体が入ったコップが並んでいる。赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。選べと言われても。

「どれが何味ですか?」

 そう尋ねた途端、近くの何人かから笑い声が上がる。小さく漏れたものから大きく響くものまで、わけがわからないが大勢に笑われているというこの状況に一気に顔が熱くなった。

「メインゲームですので、それはお答えできません。どうぞ、飲んでからのお楽しみにしてくださいな」

 なるほど、どうやら中身を当てるゲームらしい。それをきいてすかさず大輔がひとつ、藍色のグラスを取った。俺も恐る恐る端っこの紫に手を伸ばす。

「間もなく合図がありますので、お待ちください」

 ネコの女の人が赤いコップを手に取り、それぞれの手にしたそれと乾杯をした。

『皆様お待たせいたしました!七色からひとつお選び頂けましたでしょうか!』

 ふと会場に設置されたスピーカーから、陽気な男の声が響き渡る。これが合図だろうか。

『準備はよろしいですかー!』

 会場のあちこちから歓声が上がる。

『当たれば天国外れれば地獄!それ以外には更なるチャンスを!』

 はじまったわけのわからないゲームに、正直あまり乗り気ではなかった。だがもう会場に入ってしまい、選んでしまったのは仕方ない。

『3、2、1!乾杯!』
「乾杯!」

 会場中の人たちが、乾杯の合図に合わせてコップを一気に飲み干していく。喧騒が一気に静寂に包まれる。それぞれがごくごくと中身を飲み下す音だけが響く。俺はそれを口に含もうとして、マスクが邪魔をしていることに気づいた。口元だけ外して飲むべきか。

「ううっ…!」

 悩んでいる少しの間、その静けさを破ったのは誰かのうめき声だった。いや、一人だけじゃない。ガシャンパリンと何人かがコップを取り落とす音が続いて、俺は竦み上がった。辺りを見回すと何人かが喉元や胸元を抑え込んでいる。どさりと倒れこむ音がして、振り返れば一番近くにいたカップルの男だった。

「ゆうちゃん!?」
「くっくっくっく……」
「あはははははははははははは!!!」

 突然狂ったように笑い出す声がする。その異常な声に俺は思わず出そうになった悲鳴を押し殺した。俺が殺さずとも会場中に笑い声だの悲鳴だの苦しむ声だの溢れ出して、会場は騒然としていた。
 一体何なんだこの飲み物は。酒じゃないのか。そばに倒れているゆうちゃんは泡を吹いて完全に気を失っている。……まさか毒や変な薬も混じっているのか。そうだ自分には連れがいなかったかと振り返って、俺は絶望した。

 狂ったように笑う一人の中に、黒い骸骨の姿があった。激しい笑い声に合間に「なんだこれ」「止まらねぇ」と呟くそれは、完全に自分で自分の笑いを制御できていないようだった。笑っているのに、それはどんどんひぃひぃと苦悶の呼吸へとなっていく。
 目の前で繰り広げられる異常な狂宴に、手どころか全身が震えて、俺は紫の液体を飲み干す前にグラスを落としてしまった。

 

 

 

 

 

(妖怪三題噺様より「地図」「コップ」「マスク」https://twitter.com/3dai_yokai

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