うたかた。

小説散文ときどき日記

親バカ

 恋人の由美さんには、茉莉ちゃんという小学生のかわいい女の子の子供がいる。
 仕事の都合で遅れてしまうので、茉莉ちゃんの学芸会に先に行ってビデオを撮っておいてほしいという。俺は彼女の父親ではないのだが、いいのだろうか。まだ由美さんとも籍を入れていないのにそういう場に出向いていいのだろうか。躊躇ったが、由美さんの願いならば喜んで聴きたいと思う。数日前からいつも以上に仕事に打ち込んで時間を作った。融通がきくのがライターの仕事のいいところだと思う。

 

 当日、気合を入れてスーツを着てから、流石に力が入りすぎだなとジャケットをやめてネクタイを抜いた。小学校にたどり着くまでは緊張で固まっていたのだが、連日の仕事で若干睡眠不足で、保護者席に無事辿り着いて船を漕いでしまった。肩を叩かれてふと我に返ると、そこには笑顔の由美さんがいた。

「間に合った!」

 息を切らし、汗だくの彼女に苦笑しつつ、空けておいた隣の席が無駄にならなくてよかったと安堵する。本当に急いで来たのだろう、ボタンの止まっていないコートの下は白衣とカーディガンのままだった。由美さんは看護師だ。以前勤務が朝昼夜とバラバラで大変だねと言ったら作家も似たようなものだと笑われてしまった。席についた由美さんに急かされて、俺は慌ててビデオカメラの準備をする。

 

 始まった劇は有名な話を組み合わせた風になっていて、けれど台詞なども凝っていてなかなかに面白かった。脚本を書いた教師はもともと物語を書くのが趣味らしい。
 魔女の手により氷に閉ざされた世界を元に戻すため、魔女を倒すために、勇者が伝説の剣をさがして旅に出る。仲間と共に旅を続け、東の国にたどり着き、ようやく代々剣を守っている巫女に出会う。その巫女を、茉莉ちゃんが演じていた。

「剣は魔女の魔法の氷で封印されてしまいました。魔法に打ち勝ち、この剣を抜くことができれば、きっと魔女を倒すことができるでしょう。」

 屈強な男たちがこぞって剣を抜こうと試みるが、剣は氷からぴくりとも動かない。なるほど、男の子も女の子も活躍させるためにあえてそれぞれ男の子と女の子が主人公の物語が組み合わせてあるのか、と納得する。あの氷の剣は岩には刺さっていないがエクスカリバーだ。魔女はこの国の女王だ。その女王を倒すとはつまり次の王になるということだ。

 ついに勇者が剣に手をかけたが、剣は動かなかった。哀しみにくれた巫女の涙が氷の魔力を弱め、それに気付いた勇者が剣を引き抜いた。いい役柄でいい演技だ。と感心する。もちろん他の役も他の子も十分魅力的なのだが、贔屓目だろう、茉莉ちゃんがいちばん可愛く見える。

 旅に巫女も加わって、ついに勇者ご一行は氷の城へたどり着く。女王の胸に刺した剣は彼女の心に張り付いた氷の魔法を溶かし、元のやさしくあたたかい女王へと戻った。勇者は女王と結婚して王になった。あれ、巫女は?と思った俺はやっぱり親バカだろうか。いや、すでに親バカを名乗るのは気が早かっただろうか。

 

 最後のカーテンコールでようやく俺と由美さんに気付いた茉莉ちゃんが、満面の笑みで大きく手を振ってくれたのがやっぱりかわいかった。

 

 

 

 

 

(妖怪三題噺様より「氷」「巫女」「エクスカリバーhttps://twitter.com/3dai_yokai