うたかた。

小説散文ときどき日記

染まる珊瑚

 「おっさん」は、その名の通り僕の親戚のおじさんだ。辺境の島で染物職人をして生活している。
 僕は夏休みになるとおっさんのところへ遊びに行くのが楽しみだった。お正月のおじいちゃんおばあちゃんの家よりずっとだ。おっさんとこの島が好きだ。

 

 島に来た最初はおっさんの仕事を手伝う。真っ白い布が、おっさんの作る魔法の水でいろんな色へと変わっていく。元の水の色と染まった布の色が違ったりして、本当に魔法みたいだ。
 時には島の中を散策して、珍しい草花や生き物達を見つけては写真を撮る。大きな木や蔓は僕にとって恰好の遊具だ。そして山菜や木の実を採って帰って、おっさんに調理してもらう。
 また時には海で泳いで遊んだり、おっさん所有のボロい船に乗って、あちこちを探検する。エメラルドグリーンの海が綺麗な洞窟のトンネル、色とりどりの魚達がたくさん集まるスポット。美味しい貝が獲れる岩場。

 

 そんなたくさんの色彩で溢れた島なのに、一箇所だけ僕は少しだけ怖い場所がある。おっさんの船で少し遠くへ行った先の、死んでしまった珊瑚礁だ。

 

「この珊瑚は死んでるから真っ白なんだよ」

 はじめて珊瑚を見たときに、ここの珊瑚は真っ白で綺麗だねと言った僕におじさんは苦笑いで教えてくれた。

「珊瑚には褐虫藻っていう仲間が必要なんだ。そいつがいるから珊瑚はいろんな色をしていられるし、生きていられる。だけど海水が熱くなってそいつが逃げ出してしまったんだ。珊瑚はひとりでは生き続けられない。皮肉なことに珊瑚が死んでしまうと他の魚もいなくなってしまう。」

 珊瑚を眺めるおっさんの表情は少し寂しそうだった。ここは珊瑚の墓場なんだ。そう思って見てみると、真っ白い珊瑚は綺麗なのに、まるで人の骨が折り重なっているように見えてきてしまった。

「ねぇ、おっさんの染物で珊瑚に色をつけてあげれないのかな?」

 ふと、染まる前の真っ白な布を思い出した。珊瑚も好きな色に染められたら楽しいのに。いい考えだと思ったのに、おっさんには爆笑されてしまった。

「逆ならできるぞ。死んだ珊瑚を使って布に珊瑚の模様をつけるんだ」
「そっか、もう死んじゃってるから色を付けてもしょうがないよね。死んだ珊瑚を着物や風呂敷に生まれ変わらせてあげるんだね!」

 早速やろうよおっさん!と僕はわくわくしていたけど大人の事情でそれはできないのだそうだ。残念。どうしたらできるのか聞いたら那覇市まで行けばできるというので、今度連れて行ってくれるようにお父さんにお願いしよう。そしておっさんが作る染物みたいな、鮮やかな珊瑚を作りたい。

 

「そうそう、今日の晩飯は”オジサン”だぞ」

「ええええ!?」

「オジサンっていう魚がいるんだよ」

「嘘だぁ」

「帰ったらお父さんやお母さんに聞いてみな」

「おっさん食べたら共食いだね!」

 

 

 

 

 

(妖怪三題噺様より「珊瑚礁」「染物」「おっさん」https://twitter.com/3dai_yokai