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うたかた。

小説散文ときどき日記

夜明けを待つ背中

 一家心中の生き残り。それが俺という子供の、当時持つもの全てだった。誰もがかわいそうに、と俺の身体の傷痕を見て顔をしかめる。身体中に残ったそれが、両親が俺に残した唯一のものだ。それからというもの、自分に近づいてくる人間が、すべて興味本位であったり、安っぽい哀れみを向けて満足しているような人間ばかりに見えてしまった。友達も大人も、一歩隔てた向こうで生きている人間に見えた。誰もが遠くで、腫れ物を触るようにして、俺を見ている。

 深い落とし穴に、突然ひとりで落ちてしまったようだった。その頃から、人間が苦手になった。誰の好意も、厚意も、しんじられなくなった。全てがうすっぺらい膜で覆われていて、その下には俺を嘲笑ったり、人の噂話を面白がったり、俺を利用していいやつになろうとしているようにしか見えなくなった。
 明るくて、友達がたくさんいて、太陽の下外で遊ぶ遊びが大好きだった俺はいなくなり、誰とも遊ばずただ家に引きこもり、夜中にこっそりと起きてきて生活するような、夜の人間になった。

 親戚の家で世話になった俺は、高校をなんとか卒業すると同時に家を出て、小さな町の工場で働き始めた。給料が良かったので、夜勤専門の勤務についた。ひたすら金属を磨くという作業が自分に合っているように思えた。

 だがどんな場所にも人間関係はつきものだ。どこかの誰かからきいた俺の噂を、面白がるものもいればあえて距離を取る人間もいた。無駄な言葉で無駄に元気付けてこようとするやつもいる。いつものことだ。三者三様だが全て共通しているのは的を外れている、ということだろう。

「お前は人に対して興味を向けられない分、全力で物と向き合って、そして誰よりもいい仕事をしてくれる。お前の丹精込めて作った物を手に取る人は幸せだろうよ」

 強制参加の飲み会で、社長兼工場長は静かに俺をそう褒めてくれた。それを聞いた途端、見つけてしまった、と思った。人とあまり関わらない仕事でも、それでもそれは人のために働くということだ。それは人と関わるということだ。こんな俺でも、誰かの役に立っているのか。そしてそれが嬉しい、という
ことを、知ってしまった。

「お前は、両親の手間、幸せになっちゃいけないと自分を殺してるように見える。少しでもそういう前向きな感情を持つ自分を見つけるといつも慌てて消してしまう」

 ずっと真っ暗だった景色が、少しだけ変わりはじめていることに気づいてしまった。どれだけ抗おうとも。どれだけそれを願っていても。

「お前の人生はお前だけのもんだ。好きに生きろ。両親だろうがなんだろうが、もういない奴のことは、忘れていってもいいんじゃないか」
「今でも、目を開けたまま死んだ二人の顔を夢に見ます。その顔がずっと、暗闇から俺を見ているんです」
「…………」
「……たしかに俺は、今でも両親を愛しています。だからこそ、憎い」

 憎くて憎くて、恨んでいる。その二人の弱さを。葛藤を。俺を置いていったことを。連れて行ってくれなかったことを。ずっとずっと、もう声すら覚えていないのに、置いていたのは二人のくせして、夜の底で俺を見ている。俺の中の両親は、もうずっとそんな状態だ。恨めしいのは、一体どっちだろう。

「お前がその目を閉じさせて、静かに眠らせてやれ。お前がやらなくて誰がやるんだ」
「……こんな話、生まれてはじめてしました」
「奇遇だな、俺もだよ」

 そう言って苦笑する社長の顔に、かつての二人のやすらかな笑顔を思った。きっと事件からはじめてのことだ。夢に見ることはあっても、それが最後は二人の死に顔で潰されるから。想像してみるなんてことすらしなかった。酒の力を借りて、少しだけ泣いた。

 それはあまりにも深い夜だった。長くて、永くて、

「夜明けなんて一生、自分にとって縁のないものだと思っていました。」

 でもその瞬間はやってくる。夜明けはやってくるし、昼もまた巡ってくる。

 きっと俺は今日もまた、二日酔いに呻きながら仕事をするのだろう。どれだけ単調でも、その作業が面白くなくても、やりがいを感じられなくても、俺にとってそれら全てを感じて仕事をしていることそのものが、生きるということだ。

 

 

 

 

 

nina_three_word.

<夜明けなんて一生>

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