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うたかた。

小説散文ときどき日記

空白と虚無の狭間


 いつから、どうしてここにいるかは覚えていない。誰もわたしを見てくれない。声を聞いてくれない。だからその男の人と目があった時、逃すものかと思った。ずっとずっと、暗いところにひとりでいて、さみしかった。

 

「ねぇ、聞こえてるんでしょう?」

 

 話しかけても、男の人は目をそらして聞こえていないふりをする。かなしい。やっと私の声をきいてくれる人がやってきたのに。

 

「ひとりはさみしいよ」

 

 どうしてここにいるのかわからないけれど、行くべき所も帰るところもわからなかった。あちこちふらふらとたくさん彷徨ったけれど、大切な人も会いたい人も思い出せなかった。電話ボックスにいたのは、それでも誰かと繋がりたかったから。

 

「さみしくてさみしくて、つらくてくるしくて、おかしくなりそう」

 

 臍の緒を切られ、母親から別たれたその瞬間から、人はたったひとりで生きていかなければいけない。そんな当たり前のことがさみしくて、けれど分かり合えない人といるのはもっとくるしくて。それでもひとりはいやで。傷ついて、もがいて、全てがいやになって、楽になりたくて、投げ捨てて。何度もなんども、

 

「ひとりはさみしいからつらくていや。たったひとりでなんて生きていけない。でもひとりで死ぬのはもっといや!」

 

 無視する男の人の服にしがみついて、わんわん泣いた。その人は困った顔で眉根を寄せて何かを考えている。あれ、わたし、一体何を捨てたんだっけ?

 


「君はもう、死んでるよ」

 


 突然の言葉は、とても綺麗に響いて、すとんとわたしのどこか深いところに落ちていった。

 

「……そう、」

 

 落ち着いた声に、私の心も自然と落ち着いてしまった。握りしめていた服を離す。やっぱり私、死んでたんだ。わかってたけど、誰かに言って欲しかったんだ。

 

「わたし、どうすればいいのかな」
「もう死んでるんだから、もう死ななくていいよ、ゆっくり眠って」
「眠り方がわからないの」
「うーん……」

 

 俺は死んだことないからわからないや、とぽつりとこぼしたそれは真剣そのもので、わたしはもうこの人が目の前に現れただけで十分だった。

 

「困らせてしまって、迷惑をかけてごめんなさい。もういいの。誰かと一瞬でも話せれば」

「俺は君に何もできないけど、始発まで君の話し相手になるくらいならできるよ」
「うん、それでいい。ありがとう嬉しい」

 

男の人はそう言うと、電話ボックスの側の鉄柵へと腰掛けた。

 

「まずはなにから話そうか。俺は君の親に頼まれて、君に君の死を伝えに来たんだよ」

 

 

 

 

 

nina_three_word.

〈臍の緒〉〈電話ボックス〉〈始発〉

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