ピンク・レディー
「”君はひとりで生きていけるよね”だって」
そう言って男は、か弱い女の子の手を取って去った。手のグラスを揺らすに合わせて、カラカラと氷が高らかに鳴る。それを見たバーテンのお兄さんが、おかわりのお酒の準備をしてくれる。なんて気の利く店員さんだろう。
「それの何がいけないの?」
自分で酔っている自覚はある。けれど静かに聞いてくれる店員さんに甘えて、私はついつい愚痴をこぼしてしまった。こういう時に友達を呼ばずにひとりで飲みにくるあたりが、きっと私のかわいくないところなのだろう。
「子供じゃあるまいし、どうして自分で何もかもやっちゃいけないの?」
男が手を取ったかわいい女の子は、私の会社の後輩だった。男性社員や上司にうまく甘えて、取り入って、ほどほどの仕事で定時退社していくのは、何もかも自分でやり遂げなければ気が済まない私とはたしかに正反対だろう。けれど仕方ない。これが私の持って生まれた性質なのだから。それでかわいげがないと言われようとも。
「かわいく甘えられるなら、最初からやってるわよ」
詰まる所私はものすごい堅物で、あの男は私のそのかわいくない所が気に入らなかったのだ。飲み終わってなお、グラスに溶け残った氷みたいに。
「でも、ときどき羨ましくなる」
私はこれでいいと思って生きているけれど、それでも時折、彼女みたいな生き方ができたらどれだけ楽だろうと思う。けれどその楽こそが、憎い。楽して生きたい、はそのままズルして生きたい、に聞こえる。
「でもでも、甘えてくれないっていうなら、甘えたいと思えるような余裕や甲斐性を見せてほしいと思わない?」
「まったくだな」
ちょっと苦笑いで返事してくれる店員さんはやさしい。話を聞いてもらっているだけで、残っていたわだかまりという氷が、少しずつ解けていく気がする。
「私の方が地位が高いとか、収入が多いとか、高学歴だとか、そうやって勝手に離れていかれても、私はどうすればいいの?それって私が悪いの?勝手に劣等感に苦しんでいたのはそっちでしょう?」
「うん、君は何も悪くない」
今まで静かに聞いていただけの店員さんのふいをついた言葉に、私はずっと止まらなかった口をようやく噤んだ。
「君はただ胸張って生きてるだけだ。その背の美しさに怯む小さい男なんて相手にしなくていい」
そっと差し出されたカクテルは鮮やかな赤い色をしていた。
「これは?」
「カシスソーダ」
遠回しに飲みすぎだと言われた気がする。私はなんだか管を巻いていた自分が恥ずかしくなって、そのグラスを一気に飲み干した。
「……次はドライマティーニが飲みたい」
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〈君〉から始まる物語