うたかた。

小説散文ときどき日記

それはまるで煙のように

「出会ったあの日、あの時間、あの場所で、最後に一目会いたい」

 そんなカッコつけたメッセージを送ったが、返事もないそれに結果は目に見えていた。叶えられるはずもない約束をして、それでも来るはずもない人を待ち続けた。大きな池と遊歩道のある公園。俺と彼女はそこで出会い、半年付き合ったが、つい先日結婚すると言って俺は振られた。二股だった。否、もしかしたらそれ以上だったのかもしれない。彼女はいつも自由奔放な人だったから。

 待てるだけ待っていよう。ただ気の済むまで何かをしていたかった。何かをせずにはいられなかった。それがなんであっても構わなかった。冷え切った身体を温めようとして、間違えて買ったブラックの缶コーヒーがひどく苦い。彼女の旦那となる人は、きっとこれくらい涼しい顔で飲み干すのだろう。苦いのは俺の腹や胸の内の方だ。

 所詮俺は年下で、フリーターで、バリバリのキャリアウーマンの彼女とは釣り合わない存在だった。わかっていた。待っていてくれないかという淡い期待はいとも簡単に握りつぶされた。悲惨な終わりはどうしようもない俺にお似合いだと感じたのかもしれない。不思議と怒りは沸かなかった。それとも、これから湧き上がってくるのかもしれない。
 吹き付ける風があまりにも冷たくて、俺は何も考えることもできずにいた。ぼんやりときらきらと眩しい水面を眺める。運が悪いことに今日は土曜だ。家族連れやカップルの楽しそうな声が耳に痛い。水面を行き交うスワンボートは、どれもこれも優雅に鮮やかに泳いでいる。

 湧き上がる寒気を堪えるように、俺はマフラーを口元を覆うように引き上げる。じっとしているから寒いんだと、俺はついに散歩をしようと足を踏み出した。何かを振り切るように、一歩一歩踏み出していく。広い公園は歩くにはもってこいだ。広場の方ではいろんな人が様々なパフォーマンスをしていて、いっそ人ごみに紛れた方が楽なのだと知った。
 ギター演奏、紙芝居、パントマイム。それらを通り過ぎる。池に沿った遊歩道は水辺の風が冷たすぎるせいか、人気がなかった。そちらを目指してずんずん進む。

 ふいに脇道から子供が飛び出してきて、俺の目の前で突然派手にすっ転んだ。そのちいさな手から風船の紐がほどけて、風に煽られた赤い風船が生き物のように不思議な動きを見せる。

考える間も無く勝手に手が伸びていた。掴もうとした風船の紐は逃げるように手をすり抜けて、ふわふわとゆっくり空をのぼっていってしまった。子供の泣き声が責められているようで、ぐんぐん小さくなっていくそれに、何も残らない虚しさが痛かった。

 

 

nina_three_word.

〈 風船 〉

〈 缶コーヒー 〉

〈 悲惨 〉