うたかた。

小説散文ときどき日記

どきどきルーシー連想ゲーム

 俺の彼女は変わっている、と思う。

「ルーシーかわいいよね」

 餡パン片手にテレビを見ながら、突然紗夜がぽつりとこぼした。ちなみに彼女はお笑いの番組を見ていた。誰だ、ルーシーって。テレビに映る人物にはそんな外人の名前をしているであろう顔は見当たらない。

「誰?」
「私がルーシーって言ったらルーシーよ」

 時折彼女の言動がわからないと思っていたが、今日ほど途方にくれたことはないかもしれない。とりあえず俺もテーブルの紙袋に手を伸ばした。俺のは餡パンじゃなくてメロンパンとカレーパンだ。どちらを先に食べようかと悩んでいると、やけに視線を感じた。紗夜がにやにやとしながら俺を見ていた。

 ああ、わざとか。仕方なく俺はどのルーシーなのか正解をさがす。

「あの体内に麻薬が埋め込まれたっていう映画?」
「どうかなぁ」

 一番最初に浮かんだのは、数年前主人公の女性の名がタイトルになったそれだ。たしかに役を演じた女優は美しい人だったが、妖艶な姿はかわいいとは少し違う気がする。あの監督の映画ならマチルダの方がかわいいだろう。

「じゃあ、児童小説?」
「うんあのルーシーもかわいいけどね」

 次に浮かんだのは子供向けのファンタジー小説。主人公のひとり、末っ子の女の子がその名前じゃなかったか。だがたしかに、紗夜はその映画を見ながら、女の子ではなく王がかわいい、もふりたいと騒いでいた気がする。俺もネコ科は好きだ。

「……もしかして猿じゃないよね?」
「何それ」
アウストラロピテクス
「…………」

 これも不正解か。ここまでくると意地でも答えたくなってくる。

「歌手もいたっけ…?」
「洋楽わかりません」
「うーん……漫画のヒロイン?」
「近いけど違う」

 困った。俺の知っているルーシーが完全に尽きてしまった。途方にくれてとりあえずカレーパンを齧った。思ったより辛い。紗夜が嬉しそうににやにやしている。

「降参?降参?」
「ヒント」
「私はさっき何を見ながら言ったでしょうーか」
「テレビ……?」
「ぶっぶー」

 俺はふと、それを視線の先に見つけて立ち上がった。テレビの前へと歩みを進める。……正確には、そのテレビの上の壁に貼られたカレンダーに向かった。

「これ?」

 紗夜がどこかでもらったと言って壁に飾ったそのカレンダーには、あまりにも有名な犬のキャラクターが描かれている。ビーグルがモデルだというが、ビーグルには白黒カラーの毛色はないらしい。

「この子?」
「ぴんぽんぴんぽーん」

 カレンダーを持って行ってその中のキャラクターを指さすと、紗夜が頭上で腕で丸を作った。
 水色のドレスを着たその女の子は、両手を腰に当て眉間にしわを寄せ主人公を睨みつけている。いつも怒っているか主人公に意地悪をしているイメージがある。

「かわいい……のか?」
「うん、かわいい」
「そうですか……」

 一口だけ残った餡パンを俺の口に押し込み、同じように残っていたカレーパンを手から奪い去られた。口が甘くなったに違いない。俺も辛かったからちょうどいいが。

「正解者にはコーヒーを入れて差し上げましょう」
「やったー」
「もっと嬉しそうに!」

「紗夜ちゃん最高!」

 満足そうに席を立ってキッチンに向かう彼女を見送りながら、結局何がしたかったのだろうと首をかしげた。

 

 ……否、きっと多分意味はない。