うたかた。

小説散文ときどき日記

どきどき追いかけっこ

 私はいつも、暇さえあれば斜め向かいの家に行く。物心ついた頃から第二の家のように通っている神代家には、珍しいオスの三毛猫がいる。
 そう、私はいつも猫を目当てに行くのであって幼馴染の琉偉は二の次だ。優しいおじさんとおばさん、かわいい三毛猫のミケに会いに行く。そしてお家にお邪魔してついでに琉偉と宿題をしたり、ゲームをしたり、テレビを見たり、ご飯を食べたりする。琉偉と一緒にいるのはついでだ。そこに琉偉がいるから一緒にいるだけだ。暇だから遊んであげてるだけだ。
 決して、ミケやおじさんおばさんをだしにちょっとでも琉偉と一緒にいたいだとか琉偉に会いたいだとかは大いにその通りなのである。例え琉偉が私を単なる幼馴染としか思っていなくても。

 

 いつものように、玄関を素通りして庭へ回ると、ミケは縁側で伸び伸びと日向ぼっこをしていた。

「ミケ!」

 お土産の猫じゃらしを片手に、私はミケにそっと近づいた。私に気づいたミケは嬉しそうに喉を鳴らしてくれる。ころんとお腹を見せてころがる姿がかわいい。特に冬の猫はころんとした丸いフォルムで、ふわふわで、ひなたぼっこであたたかくなった身体はそれはもう素晴らしい極上の手触りだ。猫最高。

 縁側にお邪魔して靴を脱ぎ捨て、一通りお腹の毛を撫でまわしていると、ふとミケが何かに気づいたように顔を上げた。じっと熱心に丸いかわいい瞳をそちらに向けているので、私もつられてそちらを振り返った。天井を見ているが、そこにはなにもない。もう一度ミケを見るが、視線はやっぱり私でも私の持つ猫じゃらしでもなく、天井を見ている。

「ミケちゃん……?」

 目の前で猫じゃらしを振ってみるが、やはりミケは反応をしてくれない。猫は霊感があるというが、本当だろうか。珍しいオスの三毛猫だし。そして何よりこの神白家は霊感一家で有名だ。なんだか背中に冷たいものを感じた瞬間、天井が突然、どんっと派手な音を立てて揺れた。

「うわぁああああ!」
「……琉偉?」

 音にびっくりしてミケと一緒に飛び上がると同時に、階段を転げ落ちるような音がする。その音が止んだと思ったら、今度はドタバタと派手な足音を響かせながら、琉偉が部屋の奥から廊下へ飛び出してきた。

「やばいやばいやばい!!」

 私を見つけて駆け寄ってくる琉偉に、ミケが毛並みを逆立てながら庭へ飛び降りて逃げていった。琉偉のあまりの形相に私も逃げたかったが、私の手をがっちりと掴んだ琉偉に阻止される。心臓が跳ねた。

「やばい逃げるぞ早く!」
「なにが……っちょっと靴!」

 庭に置いてあるサンダルを引っ掛けて必死に促す琉偉の勢いに圧されて、私も慌てて靴を履いた。片手を鷲掴みされているので履きづらい。もう片方も履き終わらないうちに琉偉が私を引っ張って走り出した。

「早く!」
「だからなにが!どうしたの!」

 琉偉の焦った声にこちらも自然と声の音量が上がる。琉偉の手がとても熱くて、じっとりと汗ばんでいた。琉偉の手って、こんなに骨張ってて大きかったっけ。容赦なく引っ張るこの腕力は。そしてそんなことよりも、首筋や背中にもびっしょりと汗をかいているのが嫌な予感。

「厄介なのに目つけられたみたい」
「はい?」

 首をかしげる私を余所に、琉偉はぐんぐん進んで行く。足、速くなったなぁと感心する。小学校低学年までは私の方がかけっこは速かったのに。そういえば背も、小学校高学年ぐらいまでは同じくらいだったのに、いつの間にか頭ひとつ分差ができている。

「一緒に来てっていうから断ったら怒っちゃって」
「誰が?」
「事故で死んだ女の人」
「どこに?」
「あの世に」

 俄かに、今までかわいらしくどきどきしていた心臓がばくばくと早鐘を打った。全身に鳥肌が走る。最後のは聞くんじゃなかったと後悔した。訊かなくてもよかった。いや、訊かないほうが怖い。つまり琉偉は今あの世の人から逃げてるというのか。……ああ、私もということになるのか。

「まだマシかもしれないからこれ持ってて」

 琉偉が私の手を掴んでる方とは反対の手の拳を差し出してくる。何かをずっと握りしめていたらしい。私の手のひらにぽとりと落とされたそれは真っ黒に変色した紙で、何かの燃え滓に見える。

「なに、これ」
「お札」
「怖……!なんで燃えてるの!」
「あの人が怒り出したら燃えちゃって」
「なんで!?」

 そんなものを手に持ってる方が怖い気がするのだが昔から霊感の強い琉偉が言うのだから本当にまだマシなのかもしれない。なにがマシなのだろう。呪い的なものだろうか。怖い。霊怖い。霊感少年怖い。

「とりあえず寺のおっさんのところ行くぞ!走れ!がんばれ!」
「肩重い気がする……」

「だろうねぇ」

「はい!?」

 

 

 

 

 

(妖怪三題噺様より「片想い」「燃え滓」「猫」https://twitter.com/3dai_yokai