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うたかた。

小説散文ときどき日記

とけゆくキヲク

 かつてその人は、僕が生まれた時に名付け親になってくれた人だった。ということを、本人から聞いた。お父さんの恩師だというその人を、僕はずっとおじいちゃんと呼んでいた。ちなみに本当のおじいちゃん二人は名前にじいを付けて呼んでいる。

 おじいちゃんは大の煙草好きで、最期は肺ガンで死んでしまった。だがそれで本望だと笑っている姿はおじいちゃんらしいと思う。けれど僕の元にやってくるおじいちゃんは、だんだんとおかしくなって行ってしまった。

 おじいちゃんは僕にしか見えないらしい。僕のお父さんもお母さんも、おじいちゃんを見ることができないという。だからおじいちゃんと話せるのはもう、僕しかいない。

「なぁ、琉偉。いい名前だなぁ琉偉」

 最近のおじいちゃんは毎晩、僕の名前を褒める所からはじまる。

「お前の名前は俺が付けたんだよ」
「おじいちゃんそれ、もう何回も聞いたよ」
「琉というのは王という意味だ」
「だから聞いたってば!」
「お前はお前というひとりの人間を治めることのできる偉大な王になれ」

 おじいちゃんは日を追うごとに、話がかみ合わなくなっていく。おじいちゃんは僕の言葉を聞いてくれない。なのに僕に夜毎話しかけてくる。まるで壊れたラジオみたいだ。録音した音声を、映像を、ただ流しているだけ。おじいちゃんはいつも同じ表情で、笑顔で笑っているのに、それすらも不気味に見えてくる。僕は毎晩やってくるおじいちゃんが、おじいちゃんじゃなくなってしまっていくみたいでこわい。

「ねぇお父さん!おじいちゃんが変なんだよ」
「……琉偉、辰巳おじいちゃんはもういないよ」
「いるよ!僕の部屋に!毎晩毎晩話しかけてくるんだ!!」

 お父さんを僕の部屋に引っ張り込んでも、やっぱりお父さんにおじいちゃんの姿は見えない。泣いて訴える僕を、お父さんはただ困った顔でなだめるだけだった。

 

 


 一般的に霊と呼ばれる彼等とは、また少し違った存在、残留思念のような物なのだろう、というのが中学に上がった頃に俺が導き出した答えだった。それはおじいちゃんであって、もうおじいちゃんではない。そしてその姿は、もしかしたらおじいちゃんそのものではなく、俺や両親、残された者の方が作り上げてしまったものなのかもしれない。

 毎日見えていたそれはだんだん間隔が空いていくようになり、やがて声も途切れ途切れに、小さく遠くなっていた。その姿も、まるで水彩絵の具のように、静かに薄れていく。今はもう、忘れた頃に薄い墨のような影を見かける程度になってしまった。
 いつかやってくるであろう、完全に溶けきって透明になったそれは、果たして思いが消えてしまったのか。それとも俺が知覚できなくなっただけで、そこに残っているのだろうか。それを確かめる術は、もうなかった。

 

 

 

 

nina_three_word.

〈 名付け親 〉
〈 最後の段落(オチ)で「透明」という言葉を使用 〉

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